黒崎卓・山崎幸治訳、岩波現代文庫、2017年、原著は1981年。
第一章 貧困と権原
1 権原と所有
2 交換権原
3 生産様式
4 社会保障と雇用権原
5 食料供給と飢餓
第二章 貧困の概念
1 貧困の概念に必要なもの
2 生物学的アプローチ
3 不平等アプローチ
4 相対的剝奪
5 価値判断?
6 政策上の定義?
7 基準と集計
8 結 語
第三章 貧困――特定と集計
1 財と特性
2 直接法か所得法か
3 家族規模と同等成人
4 貧困ギャップと相対的剝奪
5 標準的指標の批判
6 貧困指標の公準的導出とその変形
第四章 飢餓と飢饉
1 飢 饉
2 期間のとり方による違い
3 集団ごとの違い
第五章 権原アプローチ
1 賦存量と交換
2 飢餓と権原の失敗
3 権原アプローチの限界
4 直接的権原の失敗と交易権原の失敗
第六章 ベンガル大飢饉
1 概 略
2 食料供給の危機か?
3 交換権原
4 困窮化の階層的基盤
5 交換権原の極端な変化の原因
6 政策の失敗における理論の役割
第七章 エチオピア飢饉
1 一九七二〜七四年の飢饉
2 食料供給量
3 ウォロ――輸送の制約か,権原の制約か?
4 生活困窮者たちの経済的背景
5 農民の貧窮と権原
6 牧畜権原と遊牧民
7 結 語
第八章 サヘル地域の旱魃と飢饉
1 サヘル地域,旱魃,そして飢饉
2 FAD 対 権原
3 困窮と権原
4 政策上の諸問題
第九章 バングラデシュ飢饉
1 洪水と飢饉
2 食料輸入と政府備蓄
3 食料総供給量の減少?
4 被災者の職業分布と困窮化の度合い
5 労働力の交換権原
6 焦点に関する疑問
第一〇章 権原と剝奪
1 食料と権原
2 貧困層――正当な範疇?
3 世界の食料供給と飢餓
4 市場と食料の移動
5 権原の失敗としての飢饉
講演 飢餓撲滅のための公共行動(1990年)
訳者解説 『貧困と飢饉』――その後の研究
一言でいえば、飢饉の原因を食糧不足に求める見方(FAD: Food Availability Decline)を批判して、所有関係をふくむ権原(entitlement)の関係にそれを求める権原アプローチを提案する書。また、センからすれば、貧困層という括りもまたあまりに大雑把すぎ、公共政策を歪めることで問題解決を遠ざけかねないものである。
FADは食糧が人びとにゆきわたる過程のことをまったく見過ごしてしまっており、飢饉の実態にも即していないとされる。つまり、多くの飢饉において、食料の総供給量の減少はみられていない。センはそのことを、ベンガル、エチオピア、サヘル、バングラデシュの事例から示しており、歴史経済学とでも呼べるような分析を展開している。
「事実、多くの飢饉において、飢饉が猛威を振るっているさなかに、飢饉に見舞われた国や地域から食料が輸出されつつある、との苦情が聞かれた」(259)。「権原の観点から見ると、飢饉に見舞われた地域からほかの地域に食料を持ち去るように市場メカニズムが働くことには、何の不思議もない」(260)。
以下は講演の章から。まず、「権原の失敗としての飢饉」。
「必要とされる金額の大きさを直観的につかむため、例えば潜在的な飢饉の犠牲者がある国の総人口の10%だとしよう(飢饉は通常、これよりはるかに小さな割合の人々に影響を与える)。平常時において総国民所得に占める彼らのシェアは、一般にGNPの約3%を超えることはないだろう。したがって、ゼロから始めて彼らの所得全てを回復させる、もしくは彼らの通常の食料消費を再供給するために必要な資金は、予防策が効率的に組織されれば、それほど膨大となる必然性はない」(291)。
飢饉の犠牲者となる人びとは、経済的な面からみればごくシェアの小さな層だが、ほかの層の人びとがそこに関心を寄せないことから飢饉は生じる。「食糧危機」なるのものによって自動的に不可避的に生じるような現象ではない。
このことと並行して、飢饉の脅威に対する社会的注目が重要だとされる。「世界における飢饉の過酷な歴史の中で、検閲を受けない報道が許された民主的な独立国家において飢饉が起こった事例がほとんどないことは、実は驚くべきことではない」(302)。「検閲を受けないニュース・メディアの活発な活動は、餓死の事例を早期に報道することによって、差し迫った飢饉の脅威について政府と公衆に警告するという、非常に重要な役割を果たすことができる。そうした報道はしばしば、断固とした公共行動によって阻止されなければ将来訪れることになる事態を、説明の余地なく示す役目を果たす」(303)。
ひとつ、危機にある人びとのことを報道するメディアがあること。もうひとつ、そのメディアの報道に感じて、公共政策につなげる人びとの動きがあること。
[J0565/250222]
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