Month: February 2021

小泉八雲『仏の畑の落ち穂他』

平井呈一訳、恒文社、1975年。『仏の畑の落ち穂』(Gleanings in Buddha-fields. 1897)と『異国風物と回想』(Exotics and Retrospectives. 1898)の合本版。

全面的に、八雲の「心霊的遺伝」「心霊的進化」の思想が散りばめられている。これらの思想を耽美的に展開する八雲という人の感覚が、だいぶ分かってきた。

もっとも印象的な八雲の作品に、Ghostly Japan の巻頭に置かれている「破片」がある。講談社文庫版の名作選集『怪談・奇談』でも読むことができる小品。本書所収「富士の山」は「破片」の舞台装置の、「環中語」は「破片」を支える思想の解説として読むことができる。「破片」は八雲の精神異常を示しているという解釈があったそうだが、これらの作品とあわせて読めば、けっしてそうではないことが分かる。一方、驚異に対する耽美的かつ神秘主義的なのめり込み方はたしかにある。『怪談』など八雲の再話物語の魅力もここに関係していて、大きなポイントなのは、輪廻的世界観を描いても、仏教説話の教化の語りから完全に離れているところなのだ。

[J0140/210226]

原武史『天皇は宗教とどう向き合ってきたか』

潮新書、2019年。

プロローグ 天皇は「現人神」となった
第1部 昭和天皇と宗教
第1章 若き日の昭和天皇
第2章 戦争と祈り
第3章 人間に戻った「現人神」
第2部 平成の天皇と宗教
第4章 災害と祈り
第5章 生前退位まで
エピローグ 「平成」終焉後の天皇

平成天皇が譲位する寸前に出版された天皇論。タイトルは「宗教とどう向き合ってきたか」だが、内容はかならずしも宗教にかぎらず、明治・大正・昭和・平成と、天皇自身の行動やそこに込められた意図を辿ることで、天皇の社会的位置の変遷を描く良書。文章も平易。論の「前提」を整理したプロローグは、明治新政府の神道国教化政策とその顛末をもっとも分かりやすく描いた概説として初学の学生にも薦めたい。

大正天皇の皇后、貞明皇后が神がかっていて、皇太后節子(さだこ)として昭和天皇や皇室にプレッシャーをかけていたとか、占領期当時、昭和天皇がカトリックに改宗する可能性があったという話。

平成天皇について「ここ数年というもの、左派・リベラルな人々が天皇を持ち上げ、天皇の発言を安倍(晋三)政権批判に利用するという、なんとも不思議なねじれ現象を生じています」(185)というのは本当で、平成天皇が明らかにリベラルであったがゆえに天皇制廃止の議論も出ずに、令和にまで維持されたという面はあると思う。

[J0139/210219]

志村真幸『熊楠と幽霊』

インターナショナル新書、集英社、2021年。

第1章 幽体離脱体験
第2章 夢のお告げ
第3章 神通力、予知、テレパシー
第4章 アメリカ・イギリスの神秘主義と幽霊
第5章 イギリス心霊現象研究協会と帰国後の神秘体験
第6章 熊楠の夢
第7章 親不孝な熊楠
第8章 スペイン風邪、死と病の記録
第9章 幽霊や妖怪の足跡を追う
第10章 水木しげる『猫楠』と、熊楠の猫

一見とっぴなテーマに見えて、等身大の熊楠がしっかりとした文献調査に基づいて描かれている良書。当時のイギリスのスピリチュアリズムや心霊研究の様子を手軽に知ることができるという意味でも薦められる。上から分析をふりかざすでなく、ただエピソードを並べるだけでもなく、熊楠と待ち合わせて散歩をしているような、記述の速度がちょうどいい。

水木しげる『猫楠』のほか、キックボクサーマモル的な伝説の連載『てんぎゃん』にまで言及があるのは、著者とおなじジャンプ世代としてはにやりとするところ。そうそうあの頃、熊楠ブームがあったんだよなあ。河出文庫の熊楠コレクションが出版されたのもそう。

[J0138/210219]