Month: November 2021

菅原和孝『感情の猿=人』

弘文堂、2002年。十数年、積ん読状態だった本だが、ヤン・プランパー『感情史の始まり』(2020年)の書評を書くことになった流れで手に取ってみた。著者については、大昔に読んだ『ブッシュマンとして生きる』が良書だったことで記憶していたが、論争的な部分も含む本書は、それともずいぶんちがう印象の1冊。

序章 経験の直接性から
第1部 猿 
  第1章 崖の上のハレム
  第2章 サルから見た世界 
  第3章 表情をおびた身ぶり 
  第4章 森の神の興奮
第2部 人 
  第5章 怒りと首狩り  
  第6章 言説の政治学 
  第7章 感情生活の弁証法 
  第8章 仲間であること
終章 感情、共生のエンジン

プランパーさんによる感情研究史の整理は、社会構築主義 vs 普遍主義(本質主義)という対立を軸に、哲学や人類学にまで目配せをしている。しかし、彼の関心の所在はあくまで歴史学や、歴史学的な史料の操作や解釈にあって、その対立問題自体を追究するものではない。「感情史」ブームはおそらく一般にそうであって、「感情とはいかなるものか」という問いに立ち入るならば、この菅原さんの本が扱っているような問題圏に突入するはずである。

この『感情の猿=人』という本の魅力は、本格的なサル学の研究と、文化人類学的研究をシームレスに横断する視野で、これこそ本当に自然科学と人文学の架橋だと言えよう。ここに、しゃらくさい種類の社会構築主義が入りこむ余地はない。一方で著者は、サルを行動主義的に理解できるとする立場をも説得力あるかたちで拒絶して、そこに「意志」が存在することを、したがってサルもまた実存としての存在であることを強調している。ここではメルロ=ポンティの哲学が、じゅうぶんに必然性のあるかたちで基盤に据えられている。

ただ、脳神経科学や進化心理学の還元主義や機能主義が強く批判されているとしても、著者はそれら全体を拒絶しているわけではない。

「脳神経科学は、わたしたちの生を支える祝福の大半が「自己意識」よりもずっと深いところで成しとげられているという恐るべきヴィジョンを突きつける。それこそは、「身体化された心」の理論が認知的無意識とよぶものとぴったり重なりあう。それはまた、メルロ=ポンティが「私の基底に存在するもう一つ別の主体」あるいは「無記名の機能系」とよんだ何ものかを連想させる」(336)

こうして著者は、機能を唯一の動因とみなす進化論を拒絶しつつ、生存に有害な形質の淘汰を経たユニークで多様な実存の現実化としての「祝福としての進化」というヴィジョンを提示するのである。

この本は、英訳されて世界で広く読まれるべきだと思う。それと、タイトルがもったいなかったのでは。「猿=人」は「エンジン」とかけているそうだが、そんなの分かるわけがないし、エンジンと分かってもなおしっくりとはこない。もったいない。

[J0216/211130]

ヤン・プランパー『感情史の始まり』

森田直子監訳、みすず書房、2020年。ドイツ語版は2012年、英語版は2015年。簡単な書評を書くことになったので、その準備として、ここではかなりパラフレーズしながら、要約を作ってみる。

序論 歴史と感情
 感情研究の分野では、普遍主義と社会構築主義の二極対立が支配してきた。この対立は、啓蒙思想以降に明確にされた、自然と文化との対照性に淵源する。こうした状況下にあって、本書の目的はふたつある。ひとつは、感情史、感情の歴史学に関する知見の現状を統合し、概観することである(概観モード、p.48)。もうひとつは、普遍主義と社会構築主義のはざまで、両者を和解させる、適切なアプローチを検討し指し示すことである(介入モード)。
 またこの序論では、哲学をはじめとする諸議論を取りあげながら、感情に関する基本的な論点を整理する。具体的には、古代ギリシャの哲学者、中世の教父、啓蒙思想家、ウィリアム・ジェイムズなどの議論である。

第一章 感情史の歴史
 第一章は、19世紀後半にはじまる感情史の歴史を辿る。まず、一般に感情史の創始とされるリュシアン・フェーブルを取りあげ、さらにその前史を確かめる。また、ノルベルト・エリアスの文明化論も同時期における重要な議論である。
 その後、社会史ではジャン・ドリュモーの仕事などが出、1970年代には新しい心理史が台頭した。1970年代後半には、家族史やジェンダー史との関連で感情が歴史学者の関心となった。1980年代半ばには、スターンズ夫妻が社会史の延長に「エモーショノロジー」を提唱する。
 1990年代半ばには、言語論的転回の影響が浸透したかたわら、生命科学の躍進が生じる。こうした中、2001年に出版されたのがウィリアム・レディ『感情の航海術』である。レディは、生命科学とくには認知心理学を援用した歴史学者の先駆と位置づけられる。[*プランパーは、生命科学を、心理学や生理学、医学、神経科学等を含む概念として用いており、人文社会学のほかに、物理学とも対置させている。p. 79]
 現在にいたる感情史研究の世界的ブームは、こうした学説史上の長期的な要因と、感情の爆発を生じせしめた9.11事件という短期的要因から生まれたと解釈できる。9.11におけるむきだしの暴力は、脱言語論的転回を加速させるとともに、「今日の感情史の生誕地」となった(結論でも同様のことが言われる)。
 レディと同時期に、感情史研究の先陣をきったのはバーバラ・ローゼンワインである。彼女は、ホイジンガやエリアス、フェーヴルらに共有されてきた感情抑制へ向かう歴史観を否定するとともに、レディの「感情体制」概念にも通じる、「感情の共同体」という概念を提示した。
 感情史研究における諸議論を整理して分かってくることは、まず、感情の近代史の大部分は科学の歴史となるべきこと、そして20世紀についてはメディアとコミュニケーションの歴史となるべきことである。

第二章 社会構築主義――人類学
 第二章では、人類学に代表される、感情の社会構築主義的アプローチが扱われる。まず、人類学の歴史をかなりの紙幅を使って辿りながら、古典的研究にどのように感情が扱われていたか概観される。
 人類学において感情が主題として大きく注目されるのは1970年代のことであり、そのパイオニアはイヌイット・ウトゥク研究のジーン・ブリッグスである。彼女の民族誌は、ウトゥクにおける感情パターンの記述のみならず、彼女自身の感情に関する自己省察の深さにも特徴がある。ただし、ブリッグスの研究は感情表現の研究ではあっても感情そのものの研究ではなく、社会構築主義でもない。もうひとりのパイオニアは、タヒチ研究のロバート・レヴィであり、彼の研究には普遍的な感情概念を相対化する、社会構築主義的な観点が見られる。
 1980年代になると、ポスト構造主義の影響が及ぶとともに、言語論的転回が開始され、感情表現だけではなく感情自体もまた文化ごとに異なるとする理解へと進む。その号砲となったのは、ミシェル・ロザルドのイロンゴット研究であり、彼らにおける首狩りをめぐる感情を論じた。また、感情人類学者と称しうるライラ・アブー=ルゴドは、ベドウィンにおける感情とジェンダーの問題を取りあげた。さらに、キャサリン・ルッツのイファリク族研究は、「感情を脱構築すること」を目的に掲げ、社会構築主義的アプローチの代表格とされている。また、インドに存在する独自の美学であるラサ理論がこの文脈で注目を集めた。
 人類学のこれら脱構築主義的諸研究からは、自己省察の重要性が示唆される。それと同時に、社会構築主義とそれに伴う相対主義をどこまで徹底しうるのかという限界の問題がはっきりしてくる。実のところ、厳密な社会構築主義とは不可能である。
 社会学では、アーリー・ホックシールドの感情労働論が画期となった。その後、さまざまなアプローチが生まれた中、交換理論に属するエヴァ・イロウズの研究は、ロマンティック・ラブをめぐる社会経済的な絡み合いを容赦なく暴き出した。
 また、言語学ではアンナ・ヴィエルジュビツカやゾルターン・ケヴェチェシュが、ポール・エクマンやスティーヴン・ピンカーに対抗しつつも、最終的な文化的普遍性もつメタ言語あるいは身体的経験を認める感情言語学を展開した。
 1990年代以降には、人類学においても二項対立的な感情構造の克服をめざす声は高まっていった。バリ島研究のウンニ・ヴィカンは、感情の行為遂行的側面に注目した。南インド研究のリサ・ミッチェルは、ナショナリズムと感情の関係を重視した。
 他方、普遍主義的な感情人類学として、カール・ハイダーは、ポール・エクマンとの共同研究において、スマトラ島の調査を行い、基本感情理論を検証した。

第三章 普遍主義――生命科学
 第三章では、普遍主義ないし本質主義の側の極として、19世紀末以降の実験心理学から近年の神経科学研究までを取りあげる。
 話の導入には、ポール・エクマンの基本感情論が取りあげられる。今日の神経科学では感情の機能を顔に求めるエクマンの理論は否定され、脳が強調されているにもかかわらず、人文科学ではなお、エクマンの理論が重宝されている。ここには生命科学に対する人文科学側の理解の不十分さが現れている。
 ここでの研究史記述の出発点は、ダーウィンに置かれる。両義的な記述を含んだダーウィンの『人および動物の表情について』は、ミードのような社会構築主義者とエクマンのような普遍主義者の主戦場となった。
 ダーウィンの前史には、神学から心理学への移行にともなって「感情」という概念が現れた経緯がある。
 ウィリアム・ジェームズとカール・ランゲは、ダーウィンに反対して、身体的表現こそが感情であるとした。それに再度反論する流れの中で生じたのが行動主義とされてきたが、その前史にあるヴィルヘルム・ブントらの実験心理学の、感情は物理的にのみ測定されうるとした理解の系譜は重要である。
 脳と感情を結びつける見方については、1848年に事故に遭ったフィネアス・ゲージの事例が顕著なエピソードである。その後、20世紀前半には3つの画期が数えられる。ひとつ目は、単純なしかたではないけれども、視床に注目したキャノン-バード説である。二つ目は、視床と皮質のメカニズムをより精密にしたジェイムズ・パペッツである。三つ目は、ポール・マクリーンらによる辺縁系の「発見」である。
 同時期におけるもうひとつの重要な系譜はフロイト以来の精神分析であり、その後、広範な影響を及ぼし続けている。
 1960年代以降、感情研究は急速に増加するが、その理由は明らかではなく複合的である。成功したモデルとしては、スタンレー・シャクターとジェローム・シンガーによる感情と身体運動との二因子モデル、マクダ・アーノルドらによる「知覚→評価→感情」モデルなどがある。アーノルド以降著しく発達した、評価要素を重視する実験心理学は、歴史学や人文科学に近しい要素を含む点でも重要である。
 1980年代末には、脳の活動を可視化するfMRIが登場し、今日にいたるまでセンセーションを引きおこしてきた。神経科学の実験的手法が確立され、次々と「情動」に関する新しい知見が示され、更新されてきている。有名なジョセフ・ルドゥーの二経路モデルも現在の神経科学では否定されている。身体内の感情信号の働きに注目する、アントニオ・ダマシオのソマティック・マーカー説もすでに乗りこえられつつある。ジャコモ・リッツォラッティらが発見し近年関心を集めたミラーニューロン説も、今では疑問が投げかけられている。
 これらの動向は神経科学の進歩を示しているが、生命科学や神経科学の大衆化は問題状況をもたらしてもいる。人文科学も巻きこまれている「神経科学的な思考」への傾倒は、原理主義やIDといったアメリカでの思想状況や、ポスト構造主義の衰退が背景にある。遺伝子やニューロンが提供してくれる確実性が魅力的に映るのである。ウィリアム・コノリーやベネットのように、大衆化され浅薄な生命科学に依拠した神経政治学も、保守派への脅威に対抗した左派の運動から現れている。
 あるいはまた、帝国論のマイケル・ハートとアントニオ・ネグリにも、「神経科学的な思考」が見られる。神経科学の普遍主義は、グローバル資本主義の普遍主義と並行関係にあるのである。
 神経科学からの借用について、人文社会科学は、メタ分析に目を通すなどより徹底的に取り組むべきであり、一般的解説者には懐疑を抱くべきである。また、研究の更新進度について、時間差の問題を意識することが大切である。
 両領域の緩やかな連携である「批判的神経科学」グループの進展も進んでいる。神経科学の側では神経細胞の可塑性が知られつつあり、したがって歴史学との連携が求められていると言える。社会神経科学という領域が形成されつつあるのも、そうした連携のかたちのひとつである。

第四章 感情史の展望
 第四章では、構築主義と本質主義という二極の和解を試み、感情史研究の未来を描く。
 その出発点に置かれるのは、ウィリアム・レディの『感情の航海術』である。レディが取り組んでいることは、感情研究がともなう評価的側面に関するポスト構造主義のジレンマの解決であると解することができる。レディは、感情に関する社会構築主義と普遍主義を、行為遂行的命題と事実確認的命題と解し、両者を混合する概念として「エモーティヴ(感情発話的)」という概念を提唱する。こうした提案にはさまざまな疑問や批判もあるが、最終的に彼の理論の有効性は、それが生み出す実証的な結果によって測られることになる。
 レディの理論をさらに発展させたのは、民族歴史学者のモニク・シェーアで、彼女はブルデューのハビトゥス論に依拠しながら「感情実践」という概念を設け、動員的/命名的/コミュニケーション的/調整的というその四類型を論じている。この見方からすると、あらゆる身体的感情の痕跡が歴史研究の史料となりうる。
 さらに、ダニエル・スメイルに代表されるニューロヒストリーは、神経科学を本格的に取り入れた歴史学である。意識を環境への適応機能に還元するスメイルの立場を、レディは批判している。
 神経科学の決定論に抗するには、それを徹底的に学んだ上で懐疑的なアプローチを取る必要がある。一方、感情史は、政治史や経済史、法制史やメディア史、さらにオーラル・ヒストリーなどでも創造的な可能性を持ちうる。また、感情的存在としての歴史家というのも重要な主題で、これは人類学に学ぶべき点である。感情史の観点からは、利用可能な史料も大いに拡大されることになる。

結論
 文学や視覚芸術研究が先を行っているように、歴史学にとって、神経科学からの借用に反対するものはなにもない。問題なのは、不適切な借用である。社会構築主義と普遍主義の二項対立は乗りこえられなくてはならない。

[J0215/211128]

江原由美子『増補 女性解放という思想』

ちくま学芸文庫、2021年。もとは1985年。

  • 増補 その後の女性たち―1985-2020年
  • 女性解放論の現在
  • 「差別の論理」とその批判
  • リブ運動の軌跡
  • ウーマンリブとは何だったのか
  • からかいの政治学
  • 「おしん」
  • 孤独な「舞台」

文庫化されて、ようやく読んだ。世間一般の理解とはまた別に、日本のフェミニズムにも(には)、歴史と議論の厚みがあることを感じる。1985年と言えば、日本の経済的成功が輝いていた頃。この書の著者は、フェミニズムの主張を大きく掲げるというより、努めて丁寧に、女性やフェミニズムが置かれている状況を読み解こうとする。

とくに、差別が巧妙に人を絡めとる構造を辿った「「差別の論理」とその批判」と「からかいの政治学」は、この種の問題を考える上で必読論文と言える。いずれの論文も、参考文献は最低限しか挙げられておらず、著者が眼前にある状況を自ら読み解いていった作業の姿勢がうかがわれる。

差別者の眼差しや言動については、それを考察対象として抑制的に描いているのに対して、「仲間の側」にみえるイリイチの議論にはよりストレートな批判が向けられている。著者によれば、イリイチは近代の産業社会批判という目的のために女性解放論を組み立てているのであり、前近代の社会状況を理想化している点でも誤っている。「妊娠・出産等の「労働力再生産」に関わる領域こそ男女の本質的な差異の根本」なのであり、「女性が主婦として果たしている役割が単にシャドウ・ワークではないからこそ、女性解放の問題は困難なのであり、またそれだけ根本的な社会批判になりうるのである」(88)。

論文「おしん」での指摘。「たしかにおしんは苦労した。けれども不思議なことに「おしん」のドラマには老いも病いも欠けている」(276)。結局はおしんの頑張りは、経済第一の「社会進出」に通じるものではないかという。今読むと、橋田壽賀子さんが近年盛んに安楽死安楽死と語っていたことが思い出される。彼女自身、なんやかんや揶揄されがちなキャラクターとして扱われていたことも。

[J0214/211127]