Month: April 2020

田中雄二『エレベーター・ミュージック・イン・ジャパン』

DU BOOKS、2018年刊。この本は『社会学文献事典』に載っていてもまったくおかしくない。数十年前、1990年代後半だったか、レトロ・フューチャーとか、バチェラー・パッド・ミュージックといったジャンルがリバイバルしたことがあって、それ以来その流れにあるエレベーター・ミュージックもなんとなく気にかけてきたが、たんにイージーだなんて生やさしいだけのものでもなかった。

まず小ネタでは、パチンコ店といえば軍艦マーチ、となった驚きのきっかけは p. 12を見よ。

さて歴史、「1943年、BBCがその効果のほどに着目し、第二次世界大戦下のイギリス全土に『Music While You Work(労働者のための音楽)』という番組を、800万人の労働者に向けて放送開始する」(p. 33)。日本でも次第にそうした導入が進み、「ときあたかも高度経済成長期。音楽が生産性を向上するというBGMの効能は、センセーショナルに紹介された。『週刊文春』では「現代版ヨイトマケ」と評して紹介され、音楽に疎い経営者なども巻き込んで、契約者を増やしていった」(p.43)。なるほどなあ。ありきたりな言い方をすれば、生産性向上、ひいては搾取の手段として音楽が導入されたと。

「BGMの効能は大きく分けて3つ。工場における従業員の労働意欲を刺激する「生産性向上」。パチンコ店でかかる「軍艦マーチ」のような興奮効果をもたらす「消費促進」。銀行の待合室やホテルのロビーにおけるインテリア的効果を狙った「アメニティ」である」(p.82)。「前述の効果に加えて期待されたのが、音楽によって騒音をマスクするという「消音効果」だった。そもそもエレベーター・ミュージックという言葉も、アメリカでは狭い空間で移動する客同士の緊張関係を緩和するために導入されたことから付けられたと言われている」(p.84)。「アメリカで急激なモータリゼーション化が進んだ50年代も、当時の技術ではエンジンの騒音が悩みの種で、ドライブ時に消音を目的に音楽をかけるスタイルが常態化。カーオーディオが爆発的に普及した。日本でも工場への導入に際し、プレス機になどの騒音のマスキングを期待する経営者が多かったという。また歯医者の待合室でも、グラインダー(ドリル)の音が聞こえることから起こる不安などを取り除く、客の興奮を和らげる手段としてもBGMは活用された」(p. 84)。

「深夜ラジオは長距離トラックの運転手の憩いとして知られているが、ラジオを受信できない遠洋漁業船ではBGMのカートリッジが人気で、演歌、映画音楽などのBGMテープを大量に積んで漁に出るスタイルが定着」(p. 89)。

札幌で起きた「ミュージック・サプライ事件」。有線ラジオの創業当時、レコード店主が営業妨害だと著作権法違反のかどで訴える。しかし結局は訴えは棄却され、有線放送に注目が集まることに(p. 114)。いやあ、知らなかった。「音楽療法士」を育てる「全日本音楽療法連盟」を発足させたのが日野原重明だとかね(p.131)。

この手の本にありがちな、むだに分厚い造りではなくて、情報量に比してスリムにつくってあるのも良い。ぶあつかった同著者の『電子音楽 in JAPAN』、あれはあれで良いけども。「さぁ、自分だけの日常のサウンドトラックを探しに出かけよう!」という帯の売り出し文句は本の内容からはだいぶずれているけれども、こっちはこっちで、直枝政広節だからと思えばむしろ楽しい。

[J0030/200428]

山内一也『ウイルスと人間』

岩波科学ライブラリー、2005年刊。

1 ウイルスの歴史は長く、人間の歴史は短い
2 進化の推進力となったウイルス 
3 ウイルスはどのような「システム」か 
4 ウイルスと生体のせめぎ合い 
5 ウイルスに対抗する手段 
6 現代社会が招くエマージングウイルス 
7 エマージングウイルスの時代をどう生きるか 
8 人間とウイルスの関係を考える

―― 「ウイルスの長い歴史で、抗ウイルス剤にさらされる事態はほんの20ないし30年の出来事にすぎない。そして、その間にウイルスは薬剤に対抗して、かつてなかったスピードで変異を進めていることになる。1960年代からは、ブロイラー産業が発展して大規模養鶏が行われるようになった。もともと鳥インフルエンザウイルスは、その自然宿主の鴨では病気はほとんど起こさない。それが狭いスペースの中で多数が飼育されている鶏の間で広がっている間に、鶏の免疫系が産生する抗体の影響の下で変異が進み、高病原性鳥インフルエンザのような鶏に致死的なウイルスとなり、さらには人には感染するようになった。ウイルスがその長い歴史の中で、抗ウイルス剤や抗体のようなウイルスの変異を促進する影響を受けるようになったのは、この半世紀以内のことである」(pp.13-14)

――「人やマウスのゲノムの中には、レトロトランスポゾンと呼ばれる配列がある。この領域はRNAに転写され、逆転写酵素の働きでDNAが合成されて、それがふたたびゲノムの中に挿入されることで、自分のコピーを無限に増やすことができる。・・・・・・ヒトゲノムが最近解析された結果、その約30億塩基対のDNAの中で、驚いたことに、レトロトランスポゾンはほぼ半分を占めることが明らかにされた」(pp.15-16)→ 進化の原動力に

――ワクチンによるウイルス感染との戦いは、戦略的に見ると、達成状態によって、制圧、排除、根絶の三段階に大きく分けられている(pp. 71-72)。第一段階の制圧:ワクチン接種により、ウイルス感染の発生頻度や激しさを無害なレベルにまで減少させることができた状態(日本での麻疹など)。第二段階の制圧:ウイルス感染の発生は阻止できたが、ふたたび侵入するおそれがあるため、常に制圧する努力の継続を必要とする状態。第三段階:ワクチン接種を中止しても、もはや感染が起こらない状態。それが達成されたのは天然痘だけ、WHOは麻疹とポリオを目標としている。

――エマージング感染症(pp. 83-84)

――「個人の人権を尊重した上での集団貿易という難しい問題が浮上していることを広く社会は認識し、議論を深める必要がある」(p. 101)

――植物から動物への感染という可能性。サーコウイルス、新しい名前ナノウイルス(pp. 113-114)

[J0029/200427]

石弘之『感染症の世界史』

角川ソフィア文庫、2018年、原著は2014年。著者は環境ジャーナリストという肩書きを持っているよう。

第一部 20万年の地球環境史と感染症
第二部 人類と共存するウイルスと最近
第三部 日本列島史と感染症の現状

――エボラウイルスはきわめて変異を起こしやすく、変異の速度は鳥インフルエンザウイルスの100倍もはやいという。(p. 32)

――「これまでウイルスは、病気をもたらす厄介者としか考えられなかった。しかし、RNAウイルスの一種のレトロウイルスは、自分の遺伝子を別の生物の遺伝子に組み込むことによって、生物の進化の原動力にもなってきた。通常、遺伝子は親から子へ「垂直に」移動するが、ウイルスは生物の個体間を「水平に」遺伝子を移動させることができる」(p. 52)

――「世界保健機構も2014年、抗生物質の乱用で耐性菌が急増している現状を警告した」(p. 63)

――「輝かしい古代エジプト文明は、猫から感染したトキソプラズマによって「活性化」した人びとが原動力になった、と唱える研究者もいる。たとえば、カリフォルニア大学サンタバーバラ校のケビン・ラファテ教授は、トキソプラズマ感染は、以前に考えられていたよりはるかに強い影響を人格や性格の形成におよぼし、探究心や知的好奇心を刺激して人をより人らしく進化させた、と主張する」(pp. 152-153)

――がんの原因となるセックス;とくに子宮頸がん(p. 160)

――50歳以下の口腔がんは、喫煙よりもオーラルセックスの方がリスクの方が大きいという説。予防としてのHPVワクチン(p. 166)

――「中立国のスペインでは、5~6月に約800万人が感染し、国王をはじめ閣僚も倒れて政府だけでなく国の機能もマヒした。大戦中は多くの国が情報を統制していたが、中立国だったスペインだけは統制がなく流行が大きく報じられた。このために「スペインかぜ」とよばれることになった。スペイン政府はこの名称に抗議したが、あとの祭りだった」(p. 214)

――エイズにかからない人の割合は民族による差が大きい。これまでの調査で、世界人口の300人に1人の割合でHIVに耐性を持っていることがわかってきた。(p. 250)

――天然痘ワクチンによってHIV-1型の発症がかなり抑制されていたという説。1980年の天然痘撲滅宣言・ワクチン廃止とともに、エイズが解き放たれたという見方。(pp.252-253)

――世界的にも日本でも、辺境に集中する「T細胞白血病ウイルス」陽性者。西端の九州・沖縄・四国南部・東北・北海道に多く、列島中央部は極めて少ない。縄文人との関係性か。(pp. 310-312)

――結核が増える一因としてのエイズ感染者。世界の結核死亡者のうち、4人に1人はエイズとの再発。(p.332)

[J0028/200422]