Category: Japanese Articles

近田真美子『精神医療の専門性』

副題「「治す」とは異なるいくつかの試み」、医学書院、2024年。

序章 日本の精神医療の現状
第1章 支配から信頼へ──精神症状をその人の本質として捉える
第2章 薬より、お札やったんや!──専門職としてではなく、人として関係性をつくる
第3章 「治す」ではなく「暮らす」を目指して──精神疾患を病ではなく、その人の苦悩の一形態と捉える
第4章 意味のある支援──主体化を目指し、利用者に責任を返しながら伴走する
第5章 医療から社会生活へのシフトチェンジ──保護的な支援から、いつか到来する「自己実現」に向けた支援へ
第6章 精神医療の専門性をつくり変える
補章 ACTとは何か

医学モデルに則った精神医学とは別様のありかたをさぐる。博士論文がもとになった本との話、たしかに、学位論文らしい丁寧さのある一書。ひとつ、マジレスなコメントをしておくと、ここで示されている実践像を、ACTという括りに――もっともいえば、括りにのみ――結びつける必然性があるかどうか、という問題は残る。示されている実践像については、一定の理解が得られると想定される。

本書で紹介されている高木俊介氏の発想がおもしろかった。「薬が必要」というアプローチ法ではなく、「薬が自然」というアプローチ方を、というところ。薬を処方する/処方しない、の二分法とはまた異なる発想である点。その含意はもう少し深く考えて、言語化を試みる価値がある。

[J0575/250325]

毛利嘉孝『増補ポピュラー音楽と資本主義』

2012年、せりか書房。

1 ポピュラー音楽と資本主義
2 ロックの時代の終焉とポピュラー音楽の産業化
3 ポップの戦術―ポストモダンの時代のポピュラー音楽
4 人種と音楽と資本主義
5 「Jポップ」の時代
6 「ポスト・Jポップ」の風景
7 ムシカ・プラクティカ―実践する音楽

大学での講義テキストとして書かれたものというが、たしかにバランスがよい良書。バランスがよいというのは、音楽本にありがちな、自分自身の趣味にはしるようなこともなく、かといって衒学的でもなくて、まさにテキストとしての役割を果たしている。

前半部分は他の書物でも一応ありそうな概説だが、とくにJポップのところは概観としての精度が高く、あまりほかになさそうに思う。初版が2007年で、この増補版が2012年というので、この間の変化の激しさに驚いた旨が書かれているが、さらにそこから15年、変化は加速していて、もうちょっとしたら1990~2000年頃の音楽シーンのことをリアルに想像ができなくなりそうだ。そう考えると、本書の記述の価値はこれからさらに高くなるかもしれない。求められる音楽批評のスタイルや対象自体もまた変わってしまうだろうけれども。

メモ:黒人文化を語る、ポール・ギルロイ『ブラック・アトランティック』の反-反-本質主義。

[J0574/250322]

別宮暖朗『日本海海戦の深層』

ちくま文庫、2009年。底本は、2005年。秋山真之をもちあげた、司馬遼太郎『坂の上の雲』を吊し上げる。本書を読むと、日本海海戦の結果はロシア側の軍人たちも予想していたことであり、むりやりにバルチック艦隊を遠征させたニコライ2世の判断が一番の要因だったという印象になる。

近代戦艦の歴史
日清戦争の黄海海戦
砲術の進歩
日本人だけが崇めるマハンの海軍戦略の実像
米西戦争
東郷平八郎
日露両海軍の戦略
機雷の攻撃的使用
旅順艦隊の全滅
バルチック艦隊の東征
日本海海戦

身も蓋もないことをいってしまうが、個々の戦闘結果の「理由」をまともな歴史学の基礎のうえに語るのは無理、不可能。一方で、交戦くらいみんなが語りたがるおもしろいトピックもなく、このへんに「沼」が生まれる理由もある。

同時代の、情報に満ちあふれた、プロ野球の試合結果ですら「勝利の理由」など特定しがたいのだからね。はるかに情報が乏しいだけでなく、一方で情報が隠され、迷彩を施し、一方で大いに脚色や誇張されもする、実際の戦闘場面のことなど、事実確認をちょっとずつ進めることでやっとでしかない。わくわくはできないかもしれないけど、それがまともな歴史感覚、もしくは歴史学的感覚というものだろう。

[J0573/250321]