Month: November 2023

『中原昌也の人生相談』

副題「悩んでるうちが花なのよ党宣言」、リトルモア、2015年。

われわれ世代的には、暴力温泉芸者でおなじみの著者。最近、体調を崩しているらしいと聞いて、投げ銭的に買って読んでみた。うーむ、若い人の悩みに、とくに共感する気のない枯れたおっさんが答えているのを、枯れたおっさんが読んでもな。若い人が読んだらまたちがうんだろう。

Q:「会社の飲み会が苦痛です」。A:「すごく嫌なつまんない言い方をすると、飲めない人はダメな人って僕は確かに思っているんですよね。・・・・・・この相談者みたいなことを言う人は、自分の中に確固たる「自分」ってモノがあると思い込んでいて、そこからはみ出るのが嫌な人なんですよね。飲み会への参加も、はみ出すことも、嫌ならしかたない。守りに入ればいいですよ。ただ、こういうこと言ってるんなら一人でいることに強くなんなきゃダメです」。

Q:「長生きしたくない。できれば、自分のタイミングで、早々に人生の店仕舞いをしたいと考えています」。A:「人生の店仕舞いかあ・・・・・・。この人は何を売ってるんだろう。僕は自分が幽霊だと思い込んで生きてるから、特に死にたいと思ったことはないです。そもそもこの現実にあんまり参加してる気がしない」。

[J0430/231129]

五来重『山の宗教』

副題「修験道入門」、角川ソフィア文庫、2008年。1991年に角川選書として出版、もともとは1979年の講演ということでいいのだろうか。

第1講 熊野信仰と熊野詣
第2講 羽黒修験の十界修行
第3講 日光修験の入峰修行
第4講 富士・箱根の修験道
第5講 越中立山の地獄と布橋
第6講 白山の泰澄と延年芸能
第7講 伯耆大山の地蔵信仰と如法経
第8講 四国の石鎚山と室戸岬
第9講 九州の彦山修験道と洞窟信仰

歴史に強く仏教にも強い民俗学者、五来重。たんに素朴な自然崇拝でもなければ、画然としたひとつの宗教でもない修験道とは、そういう人でなければ語りにくい対象だと言える。自由自在に山岳信仰を語っているが、もしこれが講演録だとしたら、どの程度準備したものだろうか。もしすべて頭の中に入っているというのなら凄すぎる。

全国各地の山岳信仰を扱っているが、肝心ともいえる吉野・大峯を扱ってないのはなにか理由があるのかどうか。

文庫版オリジナルの解説だろうか、4ページほどの短文だが、山折哲雄氏による五来重評がめちゃめちゃかっこいい。

[J0429/231128]

小沼大八『伊予のかくれキリシタン』

愛媛県文化振興財団、えひめブックス、1998年。

1.キリスト教伝来
2.キリスト教受容
3.キリシタン弾圧の始まり
4.徳川初期のキリシタン
5.キリシタン禁制
6.伊予のキリシタン
7.禁教令以後の伊予のキリシタン
8.伊予のかくれキリシタン
9.かくれキリシタンの信仰
10.浦上四番崩れ

著者はもともと哲学の方らしいが、この本では、愛媛のキリシタンの存在を追う。とにかく記録が乏しいなか、それだけに数少ない手がかりがとても神秘的に見えてくる。たとえば、能島海軍・村上武吉が自由通行の許可の代わりに宣教師から受け取ったという、ギヤマンの徳利と杯(村上海賊ミュージアム蔵)。豊後から逃げてきた一条兼定が寄寓した現大洲市の平地から掘り出されたキリスト像。同じく平地の、十字が刻まれた妙見祠堂。肩口に十字紋をもつお大師さまの像など。伊予のキリシタンは江戸時代、次第に姿を消していったらしいが、それを「安楽死」と呼んでいるのだけはいただけない。意味もよく分からないし、もっと別の表現があるでしょうよ。

[J0428/231127]