藤原辰史『給食の歴史』

岩波新書、2018年。そうそう、給食って学校教育にとってすごく大事なことなのに、教育学や教育社会学ってまずこういう対象を扱うことがない。歴史的な視点もないし。誰かにまとめてほしかったのが給食の歴史だったわけだけど、広い視野をもつ歴史学者の藤原さんがとは、これは理想的。ほかには部活動の歴史研究が、多少はあるけどまだまだ足りていない。僕も少し触ったことのある浪人や予備校の研究とか。学校飼育の歴史とかも誰かにちゃんとやってほしい。

第1章 舞台の構図
第2章 禍転じて福へ―萌芽期
第3章 黒船再来―占領期
第4章 置土産の意味―発展期
第5章 新自由主義と現場の抗争―行革期
第6章 見果てぬ舞台

給食の歴史の光も闇も描いて、しかし最後には、給食に大きな社会的意義があることを力強く主張している。

[J0523/241011]

磯野真穂『コロナと出会い直す』

副題「不要不急の人類学ノート」、柏書房、2024年。

プロローグ 私たちがコロナ禍に出会い直さねばならない理由
1章 新型コロナの“正しい理解”を問い直す―人類学の使い道
2章 新型コロナと出会い直す―医療人類学にとって病気とは何か
3章 「県外リスク」の作り方―医療人類学と三つの身体
4章 新型コロナと気の力―感染拡大を招いたのは国民の「気の緩み」?
5章 私たちはなぜやりすぎたのか―日本社会の「感じ方の癖」
6章 いのちを大切にするとは何か?―介護施設いろ葉の選択
エピローグ コロナ禍の「正義」に抗う

まあまあまあ、論文じゃあるまいし、朝日新聞の連載記事をまとめたものというから、目くじらを立てるほどのことでもないかもしれないが・・・・・・。

 人類学というけれど、ベネディクトやらダグラスやら、あれこれの理論やら概念やらを思いついたようにもってきて、(しかもしばしば無批判に)当てはめるようなやり方でいいのだろうか。全体を通して一貫した理論なり視点なりといったものは希薄。

 コロナ対策の「やりすぎ」を指摘する、コロナ対策に関するいままでの常識を相対化する、というスタンスのようだけど、コロナ対策への違和感って、もともとみんなが薄々、ないしはっきりと感じながら過ごしてきたことではないのか。この本をみていると(終章をのぞいて)「著者だけがそれに気づいている」みたいな言い方だが、多くの人が違和感を感じつつ、大いに悩みながら対策を打ってきたところに対して、「その対策の単純さを問い直す!」みたいな姿勢で臨むのは適切だろうか。

 フーコーに言及した後で、個人行動の規律・統制によって「県をまたぐ移動の自粛要請」が成功した理由について次のように説明しているところ。「それは、県を管理する人びとの目線を県民に埋め込むためのプロジェクトであったからである」(93)。埋め込むというからには、その主体として「県」という地方行政が想定されているようだが(そう解釈されてもしかたがない)、フーコーの生=権力や規律的権力は、主体が特定されないところがポイントであって、著者のように、まるで行政だけがその積極的な担い手であるかのように、行政と県民を対置するかたちで記述するのは、フーコーの誤読であるのみならず、この言説を通した直接的な害まであると思うのだが。

 本書は、本書の人類学的な立場なるもの、相対化する立場なるものを相対化できているのだろうか。なんだかずいぶん厳しいコメントになってしまったが、「人びとの啓蒙」にいそしむリベラル派にしばしばみられる、まったく無自覚に前提している「こちらが善」という感覚には、過敏ぎみに反応してしまう。僕自身もまたリベラルであるゆえ。

[J0522/241011]

瀬戸一夫『コペルニクス的展開の哲学』

勁草書房、2001年から、第一章「思考法の革命とカントの批判主義」(pp.5-57)。

第一章 思考法の革命とカントの批判主義
第一節 形而上学の歴史とカントの着想
第二節 複眼的な視点と学的視座の取得
第三節 理性批判と古典古代的民主法廷

カントの「コペルニクス的転回」――この言葉を使ったのはカントが最初ではないという指摘もすでになされているという――には、いくつかの解釈がある。ひとつは、カントが主観の奥深くで働いている理性が対象世界の能動的な産出者であることを明らかにしたとして、「転回」を新しく獲得された立場と捉えるW.ヴィンデルバント流の解釈である。もうひとつは、カントが明らかにしたことは、認識と対象の関係には「回転」的な性格があることだとして、「転回」を「回転」と捉えるH.コーヘン流の解釈である。

さらに、E.カッシーラーは、「カントが試みたのは、それまでもっぱら対象の構成へと向かっていた認識の方法を、理性そのものへと「向き返らせる」ことであった」と解釈する(17)。「コーヘンとは異なって「認識の仕方」そのものが対象の構成を介して回転しているというのではない。カッシーラーの場合、理性の営んでいる対象構成的な認識が、理性自身を反省する方向へと転回するのである」(17)。すなわち「理性の自己反省」であり、コペルニクス的転回とは一種の「転向」である。これは、「理性の二重化」というカント自身の議論とも一致するようにみえる。ただ、その「理性の二重化」の内実はいぜん曖昧である。

さらに、K・R・ポパーの解釈。「コペルニクスはわれわれ人間主体を特権的な位置(宇宙の中心)から引き離すと同時に、仮説を創造する主体としてすべての事柄の中心においた。「ある意味において、宇宙がわれわれの周りを回っていることをも示している」。ポパーはこのように、人間を単なる観察者の地位から仮説創造者の地位へと転換させたことが、コペルニクス的転回の真相だと考えている。そしてかれは、中心から離れ、しかも中心に立つといった「この両面的意義」こそが、コペルニクス的転回の最も重要な特徴にほかならないと述べている」(25)。さら進んでカウルバッハは、コペルニクスでは「すべての可能なパースペクティヴの選択を許す根本的なパースペクティヴ」があらかじめ取得されていることを強調しているという。

本論文では、二重とされる理性の位置が問題とされているわけだが、それを裁判官や証人からなる法廷闘争のモデルから解釈し、そこには古代ギリシア民主法廷(民会)の色彩が濃いことを指摘する。

「人々が普遍的な真理として共有する知識は、あらゆる意味で確実な、それゆえ無条件に万人の安寧を保証するような根拠をもつものではありえない」(52)。「カントがコペルニクス的《転回=革命》の源流として〔「驚嘆すべき民族」としてのギリシア民族の営みについて〕洞察したのは、このように、今日のわれわれからは想像を絶するほどの不確かな現実のもとで、不可抗的に基盤を失わざるをえなかった人間理性が培う、絶え間なき思考様式の刷新にほかならなかったのである。カントは法廷モデルの理性批判において、カテゴリーという共通のルールが、凄惨な死闘を生産的な権利闘争へと変換するための要になると考えたようである」(52-53)。

(思いつきでパラフレーズしてみると、ギリシア民族=カントが追究したことは、神的存在を根拠とする知識とは区別される、文化的・歴史的共同体内における間主観的な知識であり、間主観的でしかありえない知識の構造であり、それゆえに発展が生じうる知識ということであろうか。クーンのことも連想する。)

観測事実(正命題)「太陽は東から昇る」に対して、コペルニクスは「太陽は東から昇るのではない」という反対命題を提示する。このふたつの命題は全面的に対立しているのだが、しかし両者を総合補完的に支えあうことを可能にしているのが、「コペルニクス的判決」の特異性であり、カントの理性批判の要に置かれているものである(54-55)。

以上、第一章抜粋。さらに次は「結語:革命的思考法の老朽化と幻想倫理」から、ほんのちょっと抜き書き。

「ニュートン力学という一完成形態をとったコペルニクス的転回は、この転回によって形成された近代科学の――同時にまた宗教・政治的な――パラダイムのもとで、急速に発展する西欧近代の資本主義と連携し、諸科学の絶え間ない《刷新=革命》過程を永続化させる。そして、この過程と連動するかのように、カントを経てフィヒテの思考様式に結実したこの《転回=革命》は、近代社会そのものをかたどる最広義のパラダイムとして、現代でもなお機能しつづけているのである。この点で西欧近代とは、コペルニクス的《転回=革命》が人間活動の諸領域にむけて、それらの末端までを制覇する、いわば「革命輸出のプロセス」にほかならなかった」(191)。

「近代社会では、物資、人材、サービス、情報、等々の流通が常態化している。・・・・・・前近代の観点からすると、戦時に見られるような大規模かつ社会生活の細部にまで及ぶ広範な流動が、近代社会では常態化しているのである」(192)。「動く大地のように流通が常態化した社会では、物質宇宙と同様、加速度を制御するメカニズムだけが秩序の形成を成し遂げる。この点で近代社会の発展は、天空の理解にむけてニュートンが完成させたコペルニクス主義を、われわれ人間の諸活動へと大規模に適用することで緒についたともいえそうである。しかも、本論で示したように、コペルニクス転回はあらゆる視点への移行を保障することで、いかなるシステムであろうともその相対化を可能にする。これによって、コペルニクス的近代は異質な諸システムをすべて呑み込みながら、静と動の区別を失った経験世界へと回帰し普遍化する」(193)。

[J0521/241008]