Month: June 2020

藤原辰史『戦争と農業』

インターナショナル新書、集英社、2017年。最近活躍が目立つ歴史学者の、一般向け講演をまとめた本。『トラクターの世界史』もよかったが、一般向けの講演をもとにしているだけ、こちらの方が自由な視野で論じていておもしろい。農業技術と戦争との関係を扱ったこの本の第1講・第2講は新しい洞察に満ちていて、このテーマで最後まで書き通していてくれたら、良書を超えて名著だった。歴史学の枠を越えた先行研究のチョイスも含めて、なるほど、こういう学者もいるんだなと感銘を受けた。

第1講 農業の技術から見た二十世紀
第2講 暴力の技術から見た二十世紀
第3講 飢餓から二十世紀の政治を問う
第4講 食の終焉
第5講 食と農業の再定義に向けて
第6講 講義のまとめと展望

[J0056/200620]

秋山真志『職業外伝 紅の巻』・『白の巻』

ポプラ文庫、どちらも2012年、原著は紅の巻が2005年、白の巻が2006年。滅びゆく職業人たちを訪ねるノンフィクション。

【紅の巻】
飴細工師
俗曲師
銭湯絵師
へび屋
街頭紙芝居師
野州麻紙紙漉人
幇間
彫師
能装束師
席亭
見世物師
真剣師

【白の巻】
イタコ
映画看板絵師
宮内庁式部職鵜匠
荻江流家元
琵琶盲僧
蝋人形師
チンドン屋
流し

[飴細工師]「寅さんみたいでイイですねっていわれるのが、実は一番キライなんだ。大体、ああいうテキ屋はいないよ。・・・・・・親分に挨拶もしない。それじゃ、高市に入れないんだよ。それにしょっちゅうネタ(商品)も違うし、ネタが違ってもタンカは同じだし・・・・・・」
[テキ屋さんの本は何冊か読んだが、みんなそう言うね!]

[彫師]「実は三島は自決の一ヶ月ほど前、中野さんのもとにやってきたそうだ。その少し前に刺青に造詣の深い作家と二人で見学に来たのが初回だったが、今度は一人で訪ねてきて、「思うところがあって、ぜひとも私の躯に刺青を彫っていただきたい」と申し出た。それを「作家の気まぐれ」と取った中野さんは断った。三島はその後も何度も電話をかけてきたが、中野さんは応じなかった。そのうち電話は途絶えた。やっと諦めたかと思っていたら、しばらくして、自決のニュース。「意味があっての気持ちだったのか。彫ってやればよかった」。中野さんは深い後悔の念に襲われた」

ラインアップを眺めても分かるように、どれもおもしろい。イタコとして紹介されているのは日向けい子さん。

[J0055/200616]

根平雄一郎『た・ま・え・ま・る』

「小さな今井」(自費出版)、2020年。著者は、長く鳥取県で教員を務めた方。戦争中の情報統制の中で秘せられてきた大事故、玉栄丸爆発事故の真相に迫る。

玉栄丸爆発事故は、1945年4月23日に境港で起きた。最初、火薬を荷揚げしていた陸軍徴用貨物船・玉栄丸が爆発、それが岸壁の倉庫にまで誘爆を起こしてなんと境港の市街地の三分の一が焼失したのだという。比較的被害の少なかった山陰にあって、最大の戦災である。

資料によれば死者110名、負傷者309名というが、それもまだ漏れがあるとのこと。特に著者は、玉栄丸に乗っていた朝鮮人乗組員20数人の行方がわかっていないことを見逃さない。

本書で著者は、多くは残っていない当時の写真を可能なかぎり掲載していて、当時の被害がどれほど酷かったかを生々しく伝えている。その中でも爆心地のものは、軍部の命令で植田正治が撮影したものである。

1943年に鳥取地震が1000人以上の死者を出しながら戦時下の情報統制で世間に知らされずにきたことは聞き知っていたが、正直に言うと、玉栄丸爆発事故のことは今まで知らなかった。この事故の凄まじさと同時に、この事故をないものとして覆い隠してきた戦争体制の恐ろしさをも感じる。

誰かがやらなければ埋もれてしまったかもしれない歴史の事実を掘り起こす、責任感という言葉が浮かぶ素晴らしいお仕事。こういう方がおられることこそ、地域の力だと思う。

[J0054/200614]