Month: March 2020

山本太郎『新型インフルエンザ』

岩波新書、2006年刊。
1 いま私たちの住む世界
2 歴史のなかのインフルエンザ
3 ウイルスとの共生を考える医学へ
4 新型インフルエンザにどう対応するか

・インフルエンザには、遺伝子の部分的変異による季節性の流行と、大きな変異による新型インフルエンザの世界的流行とがある。新型の流行は、20世紀には、1918年スペイン風邪、1957年アジア風邪、1968年香港風邪があり、次の流行がまた予測されている(24-26)。

・インフルエンザを疑わせる記録は紀元前412年、ギリシャ時代のものというが、症状から考えると1173-74年にかけての記録が最初であり、1580年のものはおそらく世界的流行であった(48)。18世紀に入るとより詳細な記録が現れる。

・症状が激烈で被害が甚大であったスペイン風邪は1918-20年に生じた。スペイン風邪という名称の由来は不明で、流行はアメリカからはじまった(51-52)。季節性のインフルエンザと異なり、スペイン風邪は10~30歳代の若者のあいだで死亡率が高かったことから、社会の機能不全を引き起こした(56)。スペイン風邪は、アフリカそれからインドでも激甚な被害をもたらし、全世界で4880万~1億人の死亡者が出たと推計されている(69)。

・水鳥はA型インフルエンザに感染しても通常無症状であり、そのことからウイルスが水鳥のなかに安住の地を得ている(102)。トリ型とヒト型のインフルエンザ双方に高い感受性をもつブタの体内で、キメラウイルスが発生し、そこから新型インフルエンザが出現する(104)。

・インフルエンザのウイルス構造蛋白のうち、HA蛋白の解裂部分にあるアルギニンの数が、細胞への感染を規定している。HA蛋白の解裂部分にアルギニンがひとつしかない場合は、その解裂・活性化は、ヒトの場合気道上皮細胞に存在する酵素によってしか引き起こされない。これを弱毒型インフルエンザウイルスという。一方、アルギニンの繰り返し配列が存在する場合は、全身の細胞で解裂・活性化すなわち感染が可能になる。あらゆる臓器に障害を生じさせうるこうしたインフルエンザウイルスを強毒型という。過去の新型インフルエンザウイルスは、すべて強毒型には変化しない低病因性のインフルエンザウイルスによるもので、これはひとえに幸運である(108-110)。

・ウイルスは、感染効率や致死率が高く、潜伏期間が短ければ短いほど、宿主を消耗尽くして自ら消滅する可能性が高くなる。

・HTLV-1というウイルスは白血病発症をもたらすが、潜伏期間が50-60年あるため、1万年にわたってヒトに感染し続けてきた。しかし近年、このウイルスが消滅しようとしている。この消滅は、新たなウイルスや変異をもたらす可能性がある。「平均的な潜伏期間が100年を超えればどうだろう。ヒトとの完全な共存が可能かもしれない。さらに平均的な潜伏期間が200年を超えれば確実に共存は可能となるだろう。そうした可能性を秘めたウイルスの消滅はある意味で人類にとっての大きな損失かもしれない。病気を引き起こさないウイルスは、新たな毒性の強いウイルスがヒト社会へ侵入する際の防波堤となってくれる可能性があるからだ。このことは、エイズについてもいえる」(130)

・「医療生態学的な視点からみた場合の一つの理想は、インフルエンザウイルスを根絶したり、あるいはインフルエンザウイルスと存亡をかけた闘いを行ったりするのではなく、致死率の極めて低い(あるいは理想的には致死率がゼロの)新型インフルエンザウイルスが周期的に流行をし、そうしたウイルスを私たちヒトが制御できる状態を確保するということかもしれない。そうすれば、新たな道のウイルスがヒト社会に出現するための生態学的ニッチをウイルスに与えることなく、つまり将来にわたる潜在的リスクを増大させることなく、現在の社会的リスクを最小化することができるかもしれない」(133)

[J0021/200331]

『感染症と闘う』

岡田晴恵・田代眞人『感染症と闘う』(岩波新書、2003年)。15年以上前の情報であることには注意。
 序 新型インフルエンザとSARSの衝撃
 1 インフルエンザと「かぜ」とはちがう
 2 新型インフルエンザの脅威
 3 インフルエンザワクチン
 4 SARSの流行と対応
 5 成人麻疹
 6 風疹と先天性風疹症候群 

・雑多な原因や症状からなる「かぜ」と、より重篤になりやすく危険なインフルエンザ(流行性感冒)は区別される必要がある(6-7)。アメリカでは、第一次大戦のときの経験から、インフルエンザを敵視する傾向があり、イギリスやアメリカではかぜとインフルエンザを cold と flu とより明確に区別している(7)。

・冬におけるインフルエンザの流行には湿度の低さが関係していると考えられているが、亜熱帯地方や熱帯地方の流行パターンはこれに当てはまらず、なお謎が残されている(12-13)。

・細菌は二重鎖DNAを備えた独立した生物であるが、ウイルスはDNAかRNAのどちらかしか持っておらず、自身でタンパクを合成する機能もない(16)。この性質から突然変異が頻繁に生じる(20)。

・新型インフルエンザが発生しやすいのは、トリ、ブタ、ヒトが共存する環境で、過去の新型インフルエンザのほとんどが中国南部で登場している(48)。1957年のAアジア型、1968年のA香港型がそれである(52-53)。

・インフルエンザにかかると、第一に高熱が出るが、これは発熱によって高温に弱いウイルスの増殖を抑えようとする生体防御反応のひとつである。39度の熱で、インフルエンザウイルスの増殖は37度のときの10分の1となる(110)。高熱は体力を消耗しさまざまな障害を起こすが、宿主側の抵抗手段でもあるので、安易に解毒剤や抗炎症剤を使用すればいいともかぎらない(111)。

・インフルエンザワクチンの効果は100%のものではなく、ワクチンを接種した集団と接種しない集団を比べて「どの程度」危険を減らせるかという相対危険で評価している。このことがワクチンの効果に対する理解の壁となっている(129)。また、インフルエンザと「かぜ」が区別されていないことも、ワクチンの効果に対する不信感につながっている(129)。ワクチン接種によってごく一部に副作用や事故が生じることは否めない。ただ、予防接種法では、健康被害者をなるべく救済するという方針から「ワクチン接種との因果関係が否定できbない」場合には、広く補償の対象とされているため、とくに高齢者においてワクチンとは無関係な心筋梗塞などの死亡例も、補償の対象となり副作用事例の数字に加えられている。こうした行政判断とワクチンの科学的評価とのちがいが、ワクチン政策に対する誤解を生んでいる側面もある(134-135)。

・2003年、世界各地に広がったSARS(重症急性呼吸器症候群)は、香港九龍地区のメトロポールホテルのひとりの宿泊客から感染伝播することになった。この人は、広東省広州の病院でSARS患者の治療にあたっていた64歳の医師であった(156)。HIVの場合、その病因の同定には2年を費やしたが、SARSは世界的な研究組織が立ち上がって一ヶ月でそれが新型コロナウィルスであることが突き止められた(174)。

・麻疹(はしか)は過去の病気ではなく、日本は麻疹の輸出国としてしばしば国際的に非難されている。麻疹の免疫は終生のものではない。麻疹は強い免疫抑制を生じるため、二次感染による合併症を生じる。成人の場合免疫抑制は回復後も長く続き、風邪をひきやすくなったり、花粉症が治ったりすることがある(226-227)。(ここ数年よく言われているが)妊婦がかかると先天性風疹症候群を引き起こす風疹も問題であり、風疹ワクチンは安全性が高いこともあって、積極的なワクチン接種が推薦される。

[J0020/200330]