講談社現代新書、2023年。著者はバリバリの生物学者らしいが、専門の科学思想史研究者と見紛う内容。

前半は、キラ星のような才能あふれる科学者たちが切磋琢磨しながら進化学を押し進めていく様子が描かれる。後半では一転、そうした科学者たちが優生思想の推進者となった歴史が示されるという、衝撃的ともいえる筋書きの一冊。

第一章 進化と進歩
第二章 美しい推論と醜い
第三章 灰色人
第四章 強い者ではなく助け合う者
第五章 実験の進化学
第六章 われても末に
第七章 人類の輝かしい進歩
第八章 人間改良
第九章 やさしい科学
第十章 悪魔の目覚め
第十一章 自由と正義のパラドクス
第十二章 無限の姿

本書の登場人物のいくらか。

■ チャールズ・ダーウィン
■ ジャン=バティスト・ラマルク
■ ハーバート・スペンサー: 適者生存の語を最初に使ったのはスペンサーだが、スペンサーはダーウィンの進化論を理解していなかった上、彼の理論的基礎は神の摂理を想定した進化理神論で、適者生存を重視していたわけでもなかった。
■ アダム・スミス
■ アルフレッド・ラッセル・ウォレス: ダーウィンに自然選択を適者生存の語に替えることを提案して受け入れられる。これが後の問題の導火線となる。
■ ベンジャミン・キッド: ダーウィンを曲解した『社会進化論』(1894年)がベストセラーに。優生学に反対した少数派。
■ ハーバート・ジョージ・ウェルズ
■ ピョートル・クロポトキン
■ トマス・ヘンリー・ハクスリー
■ アウグスト・ヴァイスマン
■ ヘンリー・F・オズボーン: 古生物の発展・普及に大きな貢献。優生学を推進。
■ フランシス・ゴルトン: 多方面にわたる天才科学者、「生まれか育ちか」の語をつくる。「優生学」という用語を創る。
■ ウィリアム・ベイトソン: ピアソンらと論争。グレゴリーの父親。
■ カール・ピアソン: ゴルトンの弟子、統計学の巨人。フェミニストとしても当時著名。優生学を牽引。
■ フランツ・ボアズ: ゴルトンの紹介でピアソンを知る。優生学を批判。
■ ロナルド・フィッシャー: やはり統計学からアプローチ、現代遺伝学の金字塔『自然選択の遺伝的理論』(1930年)にて、自然選択とメンデル遺伝、突然変異の完全な理論的統合を成し遂げる。優生学に積極的に関与。
■ レナード・ダーウィン(ダーウィンJr.): 英国優生教育学会に尽力。
■ ジョン・メイナード・ケインズ: フィッシャーとともにケンブリッジ大学優生学会を立ち上げる。
■ ジョサイア・ウェッジウッド四世: ダーウィンの家系と深い繋がりがありながら、優生思想と戦った政治家。
■ ピエール・ド・クーベルタン: 優生学的な思想のもと、近代オリンピックを創始。

そのほか、メモ。

「多くの歴史家は、19世紀にはいわゆる「ダーウィン革命」に相当する出来事は起きていないと総括している」(75)。当時流布した「ダーウィニズム」とは、実際には、ダーウィン自身の思想というより、それ以前より存在する目的論的な進歩史観であった。

ダーウィンは、反スピリチュアリズムの立場に立っていたらしい。それに対してスピリチュアリズムに傾倒したのがウォレスであった。

「人間社会に生物進化の考えを適用したのが、英国、米国、そしてナチスへと至るゴルトン流の優生学の系譜であるとするなら、当初から人間の進化を念頭に置いていたダーウィンの自然選択説そのものが、この系譜の発端だったと言えるだろう。ところがダーウィンのオリジナルな進化論は、原理的に「人種」の存在も、その優劣も否定する。生物は常に変化し、分岐し、そして進歩を否定するからである。そもそもダーウィンは「種」を実在しない恣意的なカテゴリーだと考えていた。皮肉にも本来、人種差別を否定し、人々の優劣を否定する理論が、その逆の役目を果たしたわけである」(251)。

著者は、道徳的な判断の適否は科学的な事実の真偽とは別問題であり、「平等と反差別は、科学的事実とは無関係に重視すべきものである」(309)という。本書の終章では、現在や未来のトランスヒューマニズムや遺伝学の技術の利用とその危険性についてかなりの紙幅を割いて論じられているが、こちらも傾聴に値する。改めて、専門の生物学者がこのように主張してくれているのは心強い。社会的判断においても冷静、という印象。

こちらも備忘、フランシス・ゴルトンの論文「祈りの効果に関する統計学的探究」(1872年)がかなりおもしろそうだったので、リンクを貼っておく(リプリント版)。
https://academic.oup.com/ije/article/41/4/923/689380

[J0499/240817]