Category: Japanese Articles

伊東俊太郎『人類史の精神革命』

今年9月に亡くなられた文明史家・科学史家である著者が、92歳のときに著した遺作。副題「ソクラテス、孔子、ブッダ、イエスの生涯と思想」中公選書、2022年。

序章 精神革命とは何か
第1章 哲人ソクラテス―ギリシアにおける精神革命
第2章 聖人孔子―中国における精神革命
第3章 覚者ブッダ―インドにおける精神革命
第4章 ユダヤの誕生―イスラエルにおける精神革命1
第5章 預言者イエス―イスラエルにおける精神革命2
終章 精神革命と現代の課題

著者は、これまでの人類の歴史を「人類革命」「農業革命」「都市革命」「精神革命」「科学革命」という5つの大転換期から成ると捉える。精神革命とは、ヤスパースが「軸の時代」と表現した段階にあたる。そして現在、人類は「環境革命の時代」すなわち人間と自然的世界の再結合の時代に入りつつあるという。

「「宗教の科学の拮抗対立」の問題は、実のところこの第四段階の精神革命と第五段階の科学革命とがうまく接合されないまま、その対立が今日の第六段階の環境革命のところまで、とり残されている状況とも云える」(297-298)

こういった問題意識のもと、ソクラテス、孔子、ブッダ、イエスらの思想を取り上げる。本書は、彼らの思想やその価値にふれる絶好の入門書にもなっている。それは次のような点においてである(cf. 6-7)。(1)各思想の基盤となっている歴史的背景と、原典・原語に配慮しながら、彼らの思想を扱っている。(2)そうした歴史的・文化的配慮を尽くした上で、広い視野から思想の相互比較を行っている。(3)そうした広い視野からの整理は、各思想の現代的意義をつかもうとする著者自身の明確な意図にもとづいている。(4)各思想を宗教の面からではなく、したがっていずれかの宗教の肩入れすることもなく、あくまでそれぞれひとりの人間が築いた思想として扱っている。

本書の帯には「『サピエンス全史』で描かれなかった、思想の変革という人類史の謎を解明する」とあるが、宗教思想を農業や資本主義といった生産手段の進歩に対する機能の面からのみ片づけて、悦に入っているユヴァル・ハラリ氏の姿勢とはまったく異なる。伊東先生は思想史家として、正攻法の人、直球勝負の人である。

各思想家を述べた本体部分については本文に譲るとして、終章について。著者の遺言と言っていいと思うが、終章では、現在の環境革命に求められる「宇宙連関」という発想が提示されている。

「人と人、人と自然とを結びつけ、「水平超越」を可能とする「宇宙連関」とは、いかなるものであるのか。それは宇宙のビッグバンから始まって、今日の人類社会ができあがるまでの、素粒子の結びつき、細胞の結びつき、生物相互の結びつきを、人間の結びつきを実現せしめている、あえて大和言葉で言えば、「ともいきのきずな」である。この宇宙的規模での連関の構造は、現在の素粒子論や生命論や生態学、動物行動学、認知科学、脳神経科学、「心の理論」などの発達により、きわめて明らかなものとなりつつある」(301)。

少し長くなるが、さらに引用をしておきたい。

 いったいこの終論では何が述べられているのか。まず第一に、四つの精神革命を、本質的には人間相互を根源的に結びつける「ともいきのきずな」をすぐれた深い洞察によって発見したこと、つまり筆者の云う「横への超越」を「縦への超越」を媒介として確立したことと捉えた。ただしそこでは、人と人との関係のみが視野の中に入れられ、人と自然との関係は主たる考察の外におかれていたように思われる。しかし人間と自然との根源的な紐帯を回復しようとする今日の環境革命の時代においては、この人と自然との共通の進化、つまり「宇宙連関」を考察の中心におき、そのなかでの精神革命(対人関係の結びつきの自覚徹底)もその過程での発展であったとおき直してみるということが可能であり、また必要であると考えるのである。
 第二に、自然そのものを研究の対象とした科学革命以後の近代科学は、大きな成果を収めて今日に至っているが、その自然把握の仕方は、現代から見ると問題があるということである。デカルトによる機械論的な部分への還元主義の限界が露わになり、むしろ部分相互の生きた「つながり」の統合論的研究、つまり本質的「宇宙連関」を研究するものだとすることができるように思われる。もともと科学はこのような重要な人間の文化的活動の一部であって、たんに技術のための奴隷ではない。
 このように精神革命と科学革命との間に「宇宙連関」という共通項を導入することにより、この両者の対立面、つまり「宗教」と「科学」の長い根本的対立拮抗をのりこえようというのが、この終論の目指すところで、これは筆者が最近たどりついたアイデアなのである。

308-309

このようにして、「「世界にはいかにあるか」という問題と「世界をいかに生きるか」という課題は決して無関係ではないことを確認して、本書を終えたい」と締められている(310)。

[J0439/231224]

児玉真美『安楽死が合法の国で起こっていること』

衝撃的なレポート。そうか、「死の医療」の世界は、この10年ないし15年で完全に新しい段階に入ったのだね。なにか一線を越えたようだ。ちくま新書、2023年。

序章 「安楽死」について
第1部 安楽死が合法化された国で起こっていること
第2部 「無益な治療」論により起こっていること
第3部 苦しみ揺らぐ人と家族に医療が寄り添うということ
終章 「大きな絵」を見据えつつ「小さな物語」を分かち合う

イギリス緩和ケアにおけるリバプール・ケア・パスウェイの問題をいち早く、きちんと紹介していたのもほとんど著者だけだったように思うが(『死の自己決定権のゆくえ』)、世界における安楽死の最新動向をたどったこの書の記述もきわめて有益。

日本では、2016年の相模原事件や2019年の京都ALS患者嘱託殺人が議論され、2018年にはNHKスペシャル「彼女は安楽死を選んだ」が波紋を呼んだが、こうした動きの背景には、世界的な安楽死の合法化・非罰化の動きがあったと考えるべきことが本書から分かった。いま世界各地で、緩和ケアと安楽死の混同が進んでおり、臓器移植の推進もまたそこに絡んでいるとのこと。「その人にとって無益な治療」という議論もまた、「治療をするに値しない無益な患者」という議論に横滑りしつつあると。

第三部では記述のトーンが変わって、障害のある娘をもつ著者自身の体験を織り交ぜた話になっていくが、安楽死の問題を長らく追究してきた著者だけに、日本社会における医療の世界と生活の世界のずれや、安楽死の問題の受容に関して、言葉にしにくい「現実」をうまく言語化してくれている。

これだけていねいに問題をすくい上げてくれる本があって、しかし今の日本社会のなかで、安楽死のことを慎重に捉えなおすこの立場に関してどれだけの共感を得ることができるだろうか? 第三者的にものを言うばかりでなく、著者とともに理解を広げる動きの一端を担いたいと思っているが、その一方でこうした疑問もまた、不安とともに浮かんできてしまうのだ。

[J0438/231221]

浅見雅一『キリシタン時代の偶像崇拝』

論文を本にまとめたもので、専門的すぎて読めていない章もあるが、あれこれ興味深い。東京大学出版会、2009年。

序章 偶像崇拝とは何か
第1章 倫理神学上の偶像崇拝―ナバーロとスアーレスの議論
第2章 日本人キリシタンの行動規範―ロドリゲスの偶像崇拝論
第3章 主従関係と殺人の論理―ヴァリニャーノとゴメスの偶像崇拝論
第4章 聖職者の倫理をめぐって―ある内部告発文書の分析
第5章 迫害下の信仰告白―偶像崇拝論からの独立
第6章 典礼問題に与えた影響―ルビノの偶像崇拝論
終章 日本の偶像崇拝論の特質

「聖トマスのキリスト教」について。

「カトリック教会においては、キリスト教の十二使徒のひとりである聖トマスがペルシャを経てインド西北部のガンダラに到着し、さらにクランガノールにおいて七つの聖堂を建立した後に東海岸にまで到達し、そこで没したという伝説がひろく信じられていた。・・・・・・それゆえ、インド西海岸には聖トマスから受洗した者達の子孫である「聖トマスのキリスト教徒」が存在すると信じられていた」(79-80)。フランシスコ・ザビエルによる確認後、「日本には聖トマスのキリスト教徒が存在しないという事実は、日本人の宗教や信仰がキリスト教とは本質的に無関係であると見なせる要因になった」(80)。こうした認識が、日本での布教戦略の基礎をなしていたと。

僕自身は、星野博美さんの『みんな彗星を見ていた』から知ったキリシタンの様子、つまり、しばしば進んで殉教を望み、それが為政者や非信者には不気味とされたという様子について、本書でもちゃんと説明されている。学説史的には、姉崎正治がすでに、殉教のための準備教育が存在したことを指摘しているらしい。また、「山本博文氏は、日本人のキリシタンが殉教を切腹に似た感覚で捉えていたことを指摘している」とのこと。

これらの議論を受けて。「日本人の殉教は、ヨーロッパ人の宣教師達の教えに従って決意したという性質のものではなかった。彼らは、宣教師達に決して引き込まれて殉教したのではなく、きわめて主体的に殉教を選択した。信仰告白に対するゴメスの議論は、むしろヨーロッパ人の宣教師達が日本人の一般信徒を殉教に引き込むことを戒めていると見ることさえ可能である。日本人の殉教に信仰とは別の意図があったとするものではなく、彼らにはヨーロッパ人の宣教師達とは別の意味で殉教を受け入れる素地があったと言えよう」(280)。

「キリスト教が権力に反する存在であったので、迫害を受け、殉教者が輩出したのではない。それならば、ヴァリニャーノやゴメスの議論によって、キリスト教が日本の体制を脅かす危険思想ではないと主張することが教会には可能であったはずである。むしろ、キリスト教は、迫害を受け、殉教者が輩出したことによって、幕府権力に反する存在であると認識されるようになったと考えられる。当初の殉教が偶発的なものであったとしても、殉教が起きた結果、キリスト教が体制を揺るがしかねない危険思想と見なされるようになったのである。・・・・・・日本人のキリシタンが処刑をキリストや聖人に対して殉ずるものと捉えていることに気付いたので、幕府は、日本人のみならずヨーロッパ人の宣教師達をも殉教させずに棄教させるよう方針を転換させたと考えられる」(340-341)。

多くの偶像破壊をともなったインドにおける布教戦略に対して、日本ではイエズス会がとったのは、適応主義的な戦略であった。著者曰く、「イエズス会によって確立された基本方針が日本人の殉教者と潜伏キリシタンを生み出す素地を形成したのであれば、日本における適応主義の実践は大きな成功を収めたと言えよう」とのこと(341)。

[J0437/231217]