柏書房、1992年。「じつはこの本は、1960年代という時代の渦中のウォーホルを追うことが目的ではない。彼が時代の中心を占めるちょっと前の時代、まだ無名で、アメリカン・ドリームを夢見て、苦闘し、泣き叫び、悲鳴をあげている時代の彼、それがこの本の主人公だ」(6)。プラス、なんだかんだ活躍後のこともおもしろいし。

プロローグ:ゴシップの快楽
1 ぼろ服アンディ
2 グレート・マザー
3 地下にもぐった私生活:消えゆくウォーホル
4 ファッショナブル・ゲイ
5 「アンダーグラウンドの帝王」
6 アンドロイド・ウォーホル
7 独身者の欲望
8 ポップ・アーティストの誕生:大衆社会の霊媒
エピローグ:青春の終わり

「ウォーホルは、他人のゴシップを暴きたてる本を出したり、ドラッグで半狂乱になった人間たちを映画に撮ったり、他人の「深層」にはとてもつもなく関心があったし、暴きたてることにも何のためらいもなかったが、ただひとつ、彼には耐えられないことがあった。それは自分の「深層」を、弱みを暴きたてられることだ」(138)。そういう目で作品をみると、合点がいくところがある。ものごとの表層だけをピックアップしているようにみえて、それは同時に「自分側」に目線がいかないように、というような。

「ジャスパー・ジョーンズは、その年〔1958年〕の1月、ポスト抽象表現主義の牙城となったレオ・キャステリのギャラリーで、初の個展を開いた。新人アーティストの扱いとしては異例なことに、『アート・ニュース』誌の表紙にとりあげられた。またいくつかの作品を近代美術館に買い上げられ、わずかのうちに美術界の寵児となった」(212)。
「ジャスパー・ジョーンズの華々しいデビューからわずか二ヶ月後、ジャスパー・ジョーンズの愛人だったらラウシェンバーグが同じレオ・キャステリのギャラリーでショーを行い、時代の変貌をいよいよ明確なものにする。・・・・・・ このふたりのたてつづけのデビューが、ウォーホルにダブルパンチのようなインパクトを与える。ふたりのデビューによって、ファイン・アートの世界から彼を拒んでいた壁が音をたてて崩れていった。ジャスパー・ジョーンズもラウシェンバーグも、ゲイで、コマーシャル・アート出身で、作品に具象をとりいれた。ウォーホルを拒んできた要素を三つともくつがえしてしまったのだ」(213)。
「ウォーホルによっては、まさに好機到来だった。・・・・・・しかし、ジャスパー・ジョーンズとラウシェンバーグにとっては、自体は正反対だった。名前を隠すことなく仕事をしていたアンディと違い、ふたりは周到にも、ショー・ウィンドーの仕事は仮名でおこない、そのコマーシャル・アーティストとしての「前科」を可能なかぎり覆い隠し、ゲイであるそぶりも見せないようにしていた。だから、ウォーホルに妙な仲間意識をもって近づかれるのは迷惑以外のなにものでもなかった」(215)。

[J0680/260801]