副題「終末論に引き裂かれるアメリカ社会」、中公新書、2025年。評判にたがわぬおもしろさ。すごいなあ(語彙)。福音派の動向を通して「アメリカ的なるもの」をこう見事に突きつけられると、おのずとこちら側、日本社会の性質にも関心が向く。

序章 起源としての原理主義
第1章 「福音派の年」という転換点――一九五〇年代から七〇年代
 1 原理主義者と福音派のはざまで
 2「福音派の年」とカーター大統領
 3 終末に生きる選ばれし者たち
第2章 目覚めた人々とレーガンの保守革命――一九八〇年代
 1 政治的な目覚め
 2 モラル・マジョリティの誕生
 3 レーガン政権と福音派のせめぎ合い――保守革命の裏で
第3章 キリスト教連合と郊外への影響――一九九〇年代
 1 パット・ロバートソンの政治戦略
 2 フォーカス・オン・ザ・ファミリーと伝統的家族観
 3 クリントンの信仰と六〇年代の精神
 4 ウォルマートとメガチャーチの止まらぬ拡大
第4章 福音派の指導者としてのブッシュ――二〇〇〇年代
 1 ボーン・アゲイン大統領とネオコンの思惑
 2 九・一一と小説のなかの終末論
 3 信仰の公共性
 4 スキャンダラスな福音派と右派の失速
第5章 オバマ・ケアvs.ティーパーティー――二〇一〇年代前半
 1 初の黒人大統領と福音派左派
 2 オバマ・ケアと中絶問題
 3 ティーパーティー運動
 4 アメリカ建国偽史
 5 高まる人種間の緊張
第6章 トランプとキリスト教ナショナリズム――二〇一〇年代後半から
 1 白人とイスラエルの味方として
 2 保守化する司法と中絶・同性婚問題
 3 キリスト教国家と非宗教者
終章 アメリカ社会と福音派のゆくえ

本当は、各章ごとにまとめをしたいところだが、まずは抜き書きだけ。

アメリカの「市民宗教の大祭司」とみなされたビリー・グラハム。若いカトリックのジョン・F・ケネディは、伝統的で白人プロテスタントにとっては「脅威でしかなかった」。「ここにチャンスを見出したのがグラハムだった」(35)。・・・・・・「新しい時代になり、グラハムの「アメリカの牧師」としての権威を揺さぶる出来事が二つあった。人種問題とベトナム戦争である」(36)。

「クリントンも福音派も、キリスト教を市民宗教と見なす点では同じである。その点で、両者ともグラハムの思想的な子供たちだ。が、1960年代の精神革命への評価において両者の意見は真っ向からぶつかる」(127)。

208頁あたりでロバート・ベラーの市民宗教論があらためて引きあいに出されているが、本書に描かれているのは、アメリカの市民宗教をどう定義するかという争いの様子だ。それを、キリスト教と同一視するか、民主主義と同一視するか、福音主義と同一視するか、あるいは白人の宗教と同一視するか等。

2000年代、「ネオコンと福音派のあいだに、思想的な共通点はほとんどない。両者に共通する思想として、明確な善悪の基準や歴史観などが挙げられもするが、それらは表層的なものだ。むしろ両者の関係は、利害の一致と言えるだろう。ネオコンの軍事覇権と中東における権益の確保という目的には、福音派の支援が有益であった。反対に福音派の世界宣教やイスラエル保護という目的には、ネオコンの軍事政策が役に立つ」。そして「両者を結びつける最大の架け橋として機能した」のが「ブッシュ大統領の存在」であった(147)。

「福音派の歴史は、アメリカの歴史と同様に人種主義の歴史でもある」(214)。2010年代、「年配の福音派にとって、オバマの存在は白人のナショナリスティックなキリスト教への脅威以外のなにものでもなかったのだろう。恐れは暴力を生む」(215)。

近年における「ノンズ」すなわち「非宗教者」の急増。「米国には非宗教者が増えている。だが同時に、非宗教はただちに無神論を意味しない。・・・・・・重要なのは信仰の内容――つまりは無神論にみられるような神の否定――ではなく、信仰の形態――つまりは教団への所属の否定――なのだ」(262)。

「非宗教者の増加は米国社会の単純な世俗化を意味しない。むしろ、社会は両極化しており、一方では非宗教者たちが既成の宗教や教団を否定し、もう一方で福音派はキリスト教ナショナリズムに代表されるように、その攻撃性を強めている。つまり、米国社会は世俗化ではなく、分極化の道を進んでいると言えるだろう」(265)。

「一つ言えるのは、福音派の活動を単純な意味での宗教復興運動とはみなせないことだ。・・・・・・より重要なのは、特に南部や南西部を基盤とする文化的な復興運動としての側面である。福音派が懸念したのは、アメリカ文化がキリスト教的な土台から離れていくことだった」(282-283)。つまり、反・カウンターカルチャーみたいなことか。

「半世紀の間に、60年代の精神は強まっている。非宗教者に見られる世俗化、文化的多元主義、BLMやウォークはその代表的なものだ。したがって、米国文化のキリスト教化を目指す福音派と、リベラルで進歩主義的なカウンターカルチャー勢との対立は先鋭化し、結果、米国社会の分断や分極化は深まるばかりだ」(284)。

[J0639/260124]