Month: August 2026

吹田隆道『ブッダとは誰か』

春秋社、2013年。ゴータマ・ブッダすなわち釈迦牟尼について、文献学や考古学など現在までの諸研究をもとにその足跡をたどる。伝説をそのまま紹介するのではなく、学説や解釈の揺れまで説明してくれているところがありがたい。彼が実在した人物であるということを改めて実感できる。

序説:ブッダの研究
第一章 釈迦牟尼の時代:釈迦牟尼は実在の人物か/インド哲学の曙
第二章 釈迦牟尼の誕生:伝説の特殊性/菩薩の誕生/菩薩の幼児期
第三章 菩薩の悲しみ:出家までの出来事
第四章 出家:王舎城にて/ウルヴェーラーの森
第五章 樹下成道:菩提樹の下で
第六章 ネーランジャラー河の畔にて:律蔵が説く釈迦牟尼伝の特殊性/慈悲の心
第七章 伝道のはじまり:律蔵が説く釈迦牟尼伝の特殊性(二):はじめての説法第八章 二人にして一つの道を行くなかれ:群れない修行者
第九章 教団の成立:ウルヴェーラーにもどる/舎利弗と目連/王舎城大教団の成立
第十章 その後の伝説:祇園精舎/釈迦族の出家/長老
第十一章 完全なる涅槃:霊鷲山にて/最後の遊行
第十二章 涅槃後のブッダ:救済者としての釈迦牟尼

 釈迦牟尼の誕生年は、「仏滅218年目にアショーカ王が即位した」とするスリランカの歴史書と、「仏滅から116年目にアショーカ王が即位した」という北方伝承から推測されており、結果、紀元前560年代誕生・480年代入滅説と、紀元前463年誕生・383年入滅説が併存しているとのこと。

 釈迦牟尼がとった方法、「対機説法」。「この「対機説法」という手法は仏教が包容力のある宗教となる根幹をつくりました。決して固定化せずに人々に応じて教えが説かれるわけですから、ある人に説いた説法が伝わって、後に一つの教義を確立します。また、別の人に応じて説いたものが別の教義として伝わり、「ダルマ」を示唆するさまざまな教えを許容する宗教をつくり出したのです」(124)。

 「釈迦牟尼がこの一度目的を達成した世界から、あえて喜怒哀楽をともない、苦しみをともなう俗世間にもどろうとするために作用した力を「慈悲」といいます。・・・・・・「慈」は友情を表す「慈しみ」を意味します。「悲」は、それぞれがもつ自己存在の「悲しみ」です」(141)。

 それにしても、本書を読んでいると、手塚治虫『ブッダ』のあれこれの場面が思いだされ、自分がいかにそれに影響を受けているかを感じる。手塚の『ブッダ』は史実と創作が入りまじった内容だから、どなたかぜひ、手塚のマンガに「マジレス」して、細かな考証を注釈として入れたバージョン、『詳細注釈版ブッダ』をつくってほしい。書籍でなく、マンガで。

[J0692/260824]

橋本峰雄『「うき世」の思想』

副題「日本人の人生観」、法蔵館文庫、2026年、もとは講談社現代新書で1975年。著者といえば、高取正男と『宗教以前』を著した人。関心のある主題だけど、読後感は、今となっては二重の意味で古い、なんなら懐かしい。ひとつは、ときに付会も辞さずに、時代を通じた「日本人的思想」を語る語り口。もうひとつは、そういう語り口をしたくなる、当時の日本社会のあり方。今は昔、昭和は遠くなりにけり。

序論
1 「うき世」研究について
2 「うき世」の歴史(古代~中世)
 1 「うき世」意識の萌芽 
 2 仏教の影響 
 3 無常観の民衆化 
3 「うき世」の歴史(近世~現代)
 1 近世庶民の生活意識 
 2 近代知識人にみる「うき世」
 3 流行歌のなかの「うき世」 
4 「うき世」の思想
5 「うき世」の哲学
解説 半世紀後の「憂世」に読みなおす(畑中章宏)

筆者も「世俗化」の語を頻繁に使っているが、直接には唐木順三の影響ではないかと推測する。どちらかというと、世俗化をはさんでもなお連続性を強調するのが筆者の立場ではある。

「うき世」思想の歴史を確かめて。
「私がたしかめたかったことはおよそ二つのことであった。一面では、厭世的な「憂世」観が近世に現世肯定的ないし享楽的な「浮世」観へ移行したという歴史的推移があったこと(それは西洋近世の宗教改革に始まるキリスト教の世俗化に対応する日本仏教の世俗化を意味したこと)。他面では、そういう現象的な移行をこえて、そもそも古代・中世における憂世も同時に浮世だったし、近世以後の浮世もまた同時に憂世であるということ。つまり、私の仮説は、憂世と浮世がつねに表裏一体になっているのが日本人一般の「うき世」観である、ということであった」(144)。

著者は、The Twentieth Century (1955) に掲載されたエッセイを指示しているが、調べたところ、どうやら End and Beginning(1981)という遺稿集にあるらしい議論として、フランツ・ボルケナウの文化の類型論があり、死を否認する文化(death -denial)、死を受容する文化(death-acceptance)、死に挑戦する文化(death -defiance ないし transcendence)の三類型が挙げられていると。著者はこれに対して、日本を「死を包み込んでいる文化(death-embracing)」という四番目の類型に位置づける。「私はそれを「死から生へ」の文化と規定するのである」(149)。

[J0691/260821]

中屋敷均『科学と非科学』

副題「その正体を探る」、講談社現代新書、2019年。著者は染色体外因子の研究者とのこと、本書はたしかに読みやすい。

第1話 デルフォイの神託
第2話 分からないこと
第3話 消える魔球
第4話 無限と有限
第5話 科学と似非科学
第6話 科学は生きている
第7話 科学と非科学のはざまで
第8話 ドイツの滑空王
第9話 リスクととともに
第10話 アフリカ象と大学人
第11話 「無駄」と科学
第12話 閉じられたこと
第13話 この世に「形」を生み出すこと
第14話 確率の話

社会に「神託」を下す装置としての「科学」と、この世の法則や真理を追究する〈科学〉という、「科学が持つ二つの顔」。
「批判を承知で単純化して言えば、科学には実の性格の異なった二つのものがあるのだ。一つはこの世の真理を求め、単純化された条件下で100%正しいような法則を追い求めるもの。そしてもう一つは元来〝100%の正しさ〟などあり得ない、茶々を前提とした、より現実的なものである。このかなり性格の異なった二つのものが、「科学」という名の下でごっちゃになっている。特に前者の「科学」が持つ、この世界の真理や真実を解き明かしていくというイメージは、あたかもその対象が何であっても「正しい」ことと「正しくない」ことを判定し、明確な回答を与えてくれるような期待を抱かせる。しかし、実情を言えば、一般に思われているより遙かに多くの「科学」が後者のグループに属している。特に、人の生活に密接に関連するような話は、ほとんどがそうである。つまり「100%の正しさ」など元々ない」(56)。

本書全体として、厳密な根拠をもった科学の世界の限界を述べるにはとどまらず、前進運動としての科学は、そうした狭い世界に充足していては成り立たない、そこには「人間の意志」が必要という洞察があるところに好感。

エピローグでは、おばあちゃんの骨壺がカタカタいったエピソードが紹介されていたり。
「もちろん「偶然の連続」に安易に〝意味〟を与えてしまうことは、人間特有の「誤謬」なのかも知れない。しかし、その「誤謬」をまったく拒否する生き方は、〝この世に起こったこと〟というものを、あまりに粗末に扱っている行為であるようにも思う。科学も非科学も飛び越えて、この世に生きる勇気を与えてくれるのは、人の心にあるそんな「物語の力」ではないのだろうか。多くの科学者が見つけた真実も、実は最初からそれが真実だと分かっていた訳ではない」(183)。

[J0690/260818]