堀切実校注、岩波文庫、上・下巻、2011年。前編・後編・続編・拾遺と収録。
横井也有は名古屋の武家の出で、1702年生まれ、1782年没。大礒義雄は「学殖を底に秘めて才気縦横軽妙自在、滑稽洒脱の俳文ではほとんど完璧に近い」と評している(『国史大辞典』)。
半面では江戸文化の趣を楽しみつつ、実は半面、いらいらしながら読む。たしかに洒脱で、しかも過剰なところや露悪的なところがなくて穏健。しかしだ。芭蕉を慕っているが、「界隈」になった、いかにもそれ風という意味での蕉風でしかなく、そのなかでの粋人でしかない。洗練を極めているかもしれないが、本当の意味での自己省察を欠いている。旅に出ても、「めでたき御代に俳諧の行はるゝことや、西行に宿をしみし江口の君のつれなさもなく、宗祇に髭をこひし盗賊のおそれもなし。行く先々に同志の徒ありて・・・・・・」というような社会状況。苦悩を超えているのではなく、苦悩がない。
神仏に対する感覚は、けして冷笑的というのではないが、現代風と言えるような姿勢。現世的慣習のレベルでしかなく、なんなら俳諧の材料でしかない。
『鶉衣』は、也有が死後に編纂・出版された俳文集で、也有40歳代(もしかしたら30歳代?)から、82歳までのさまざまな時代の文章が収められている。とくに、前編と後編とで、だいぶ年齢のちがいを感じるが、40代の頃から「年とった、年とった」と言い続けて、82歳まで生きた人であることが分かる。也有自身病気をもっていてはやくに隠居したようだが、この種の感性は現代日本人にも生きていて、半ば現世から降りるポーズをとることでかえって目先の楽しみに満足することができるようになる。
それで辞世の句は「きのふけふ思ひつゝ経し身の程ぞ中々長き夜はかぞへぬる」、「短夜やわれにはながきゆめ覚めぬ」とのこと。これはこれで実感がこもった句ではあるが、その88年前、1694年に50歳で亡くなった芭蕉の「旅に病んで・・・」とはだいぶ距離がある。
[J0677/260711]
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