講談社+α新書、2021年。認知症の人に対する先入観が、病気以上に認知症の人を苦しめるという話。
第1章 認知症の人たちの言葉から
第2章 認知症の人の目の前にある「現実」
第3章 「やさしさ」という勘違い
第4章 「あきらめ」という問題
第5章 工夫することは生きること
第6章 認知症と共に生きる
「診断されたからといって次の日から急に「物忘れ」が増えるわけではありません。周りの人たちの意識が大きく変わってしまうのです」(3)。
「認知症の症状でできないこともあるかもしれませんが、それは生活の中の一部であり、何もできないと言われ、すべてができなくなったと言われるのはおかしいと思います。また、「最近怒るようにもなった」と言われることがありますが、そもそもすぐ隣でそんなこと〔「何もできなくなった」〕を言われたらイライラすると思います。怒るようになったわけではなく、周りの人たちが気づかないうちに怒らせているのです」(49)。
患者に対しては「認知症らしさ」を求める社会。
「認知症の進行を遅らせたいと思うことは当たり前のことです。でも「やさしさ」から当事者の想いから家族の思いの方が強くなってしまうのです。進行を遅らせるために認知症に良いといわれることを何でも試そうとしてしまうのです。脳トレ、ドリル、体操などあらゆることをさせられます。当事者が決めるのではなくやらされるのです。そして学校の宿題のようにやらないと怒られてしまうのです。また、認知症に良いといわれる食べ物やサプリメント、これも高い金額を出して購入して食べさせられたりします。・・・・・・これら「認知症に良いこと」はすべて医学的に証明されていることではありません」(71-72)。
「支援者も家族も「リスクがあるから」と言います。これから起きるかもしれない危険、危機の可能性を回避するために当事者の行動を制限します。たしかにケガをしたりすることで入院などすれば、当事者も家族も大変です。でも最大のリスクはストレスです。そもそも認知症の症状で当事者には不安からくる大きなストレスがかかります。・・・・・・それだけですむならよいのですが、外部からのストレスがさらに追加されます。それは、「行動の制限、監視などからくるストレス」です」(76)。
「家族からの相談で多いのが、同じものを何度も買ってきて困っているという話です。当事者は「欲しい」から買ってくる、生活に必要だと思うから買ってくるだけで困っていません。・・・・・・同じものを買ってくることで困っているのは家族なのです。・・・・・・100円ショップで毎回ノートを購入する当事者がいて、未使用のノートが50冊あって困っていると聞いたので、児童館や施設などに寄付したらどうですかと提案しました。・・・・・・忘れて同じものを購入するのを問題とするのではなく、寄付をしたり、プレゼントをしたりすれば、当事者も怒られないですし、もらったほうもうれしくなると思うのです」(122)。
ここで、患者ではなく、当事者という言い方をしているのもポイント。
「私は病気をオープンにすることに不安を持っている当事者に対し、病気をオープンにする時には「できること」「できないこと」「やりたいこと」の三つを伝えたほうが良いと言っています。いままでの経験で、伝え方を工夫するだけで多くの人たちが助けてくれることを知ったからです。ただ単に「認知症と診断されたのです」と病名を伝えても、「何ができて、何ができないか」が伝えられた人にもわからないので、やさしさから「そっとしておこう」となり、離れていってしまいます。やりたいことなどをきちんと伝えると、機会があれば誘ってもらえることもあり、うれしい経験につながります」(136)。
これは認知症にはかぎらない、とびきりの金言。非当事者の立場からすると、この種の病気の当事者には、この三つをたずねてみることが大事とも言えそうだ。
「東日本大震災の経験や、台風による災害を経験したことにより、「希望」という言葉を使うのは本当に良いことなのかと考えるようになりました。「希望」という言葉には二通りの意味があると思います。一つは、「物事の実現を望むこと(実現可能な希望)」。もう一つは、「将来に対する期待や明るい見通し(漠然とした希望)です。認知症の人に対して使う「希望」は「叶わないこと」に対して明るい見通しを考える後者の意味で使われていないでしょうか。・・・・・・当事者、家族、社会、それぞれの希望の考え方が違うと思うのです。家族の希望は治療法を見つけ認知症が治ることでしょう。社会では「認知症になりたくない」という人が大多数で、予防と治療に希望を持っていると思います。・・・・・・本当なら社会にとっての希望は「認知症になっても安心して暮らしていけること」でなくてはならないと思います」(148-149)。
「認知症当事者にとっては未来も大切ですが、いまを大切に生きることが何よりも重要です。これまでの生活を工夫しながら、自分らしく続けていくことで将来も良くなるのです」(151)。
認知症当事者のかたが周りとのすれちがいに日々苦しめられていることがよく分かるが、本書のなかでは、イライラをみせることなくその状況をていねいに説明する著者の姿勢が印象的。それには、そうした機微を描きだす表現力の上に、外向きの啓発活動に取り組んでおられることが、精神的なバランスを保つ上でもきっと役に立っているのだろう。
[J0599/250807]