ドナルド・E・ブラウン、副題「文化相対主義から普遍性の認識へ」、鈴木光太郎・中村潔訳、新曜社、2002年、原著は1991年。
こーれは有益、たんに普遍特性(universals)の存在を主張するだけでなくて、学説史を整理して批判的にも生産的にも議論を展開しているところがとくに。1991年とは、こういう問題を考えるためには古すぎるように思えるかもしれないし、たしかに最近の研究状況は考慮しなくてはならないだろうが、全然現在も有益。調べてみると、日本語訳だけでなくて原著まで高騰している。Kindle派ならいいんだろうけども、これは文庫化が待ち望まれる人文学徒の必読書。
これだけの本が『文化人類学文献事典』にもエントリーされていないのでどういうわけかと思ったが、この事典が2004年刊行でちょっと間に合っていないのと、よくみると争点「文化相対主義」のところでは言及されている。
この項の執筆者の小田亮氏は、ブラウンによる批判を引いて「そこでの違いは、文化相対主義がそのような普遍的特性を生物学的特性へと還元することに反対し、それらの特性の個別的な現れが文化によって構築されているとするのに対して、ブラウンは生物学的事象と社会的事象との区別を頑固に守ろうとすることを批判し、文化の多様性の強調から普遍性の強調へと移行することを唱えているということにある。生物学的本質主義に反対する文化相対主義はしばしば文化的本質主義に陥っている」(833)とまとめている。ふむ、文化相対主義≠文化的本質主義であると。
ウィキペディアには本書のページがあるが、スティーブン・ピンカーが本書から普遍特性のリストを作っていると書いてあって、ブラウンもダーウィン主義者のように書かれているが、本書を実際に読むかぎりではそんなことはない。ピンカーに寄せすぎの解釈と思われる。
>https://en.wikipedia.org/wiki/Human_Universals
これがその普遍特性のリスト。https://condor.depaul.edu/~mfiddler/hyphen/humunivers.htm
1章 普遍性を再考する―六つの事例
2章 普遍特性の概念・定義・証明
3章 普遍特性研究の歴史
4章 普遍特性を説明する
5章 インセスト回避
6章 普遍的人間
7章 普遍特性・人間の本性・人類学
■ 序
・「20世紀の大部分を通じて人類学(および他の社会科学)を支配していた前提の意図せざる結果として、普遍特性の研究は実質的にタブー視されてきたということである。1915年から1934年にかけて、アメリカの人類学者たちは文化の性質について三つの基本的原則を確立した。すなわち、文化は他のもの(とりわけ、生物学や心理学)に還元できない独自の現象だということ、(人間の身体的性質ではなくて)文化こそ人間の行動の基本的な決定因だということ、そして文化は大部分が恣意的なものだということである。これら前提が組み合わさり、普遍特性を例外的で、きわめてありそうもないものにしてしまった。」(10)
■1章 普遍性を再考する―六つの事例
・ホピの時間概念にかんするサピア-ウォーフ仮説への批判。(14-15)
■2章 普遍特性の概念・定義・証明
・普遍特性の理解に貢献した重要人物としてのノーム・チョムスキーとロビン・フォックス。
■3章 普遍特性研究の歴史
・進化研究の忌避について。重要な例外A・アーヴィング・ハロウェル「行動の進化におけるパーソナリティ・文化・社会」(1963)と、ギアツ「文化の概念の人間の概念への影響」(1965)などの批判(130ff)。
■4章 普遍特性を説明する
・普遍特性のさまざまな説明の仕方。① 他の普遍特性による説明、②自然の事実の文化的反映や認識、③生物学的な事実の拡張、④伝播論的説明、⑤アルコーシス(太古症)、⑥エネルギーの節約、⑦人間の生物学的特質(とくに脳)、⑧進化論、⑨動物との比較、⑩個体発生、⑪部分的説明。
・「誤解を生むもう一つの大きな原因は、適応の機能とその多様な効果の違いに関係している。・・・淘汰の過程にとって中心的である機能と付随的な効果とを混同することは、大きな誤りである」(179-180)。
・進化における偶然、保守性、妥協。
■5章 インセスト回避
・「かつては、人間ではインセスト・タブーが普遍的だと考えられていたが、これも現在では誤りだということがわかっている」(210)。
・「よく考えてみると、100年以上にわたって人類学的想像力をかきたててきた普遍的とされる現象が、だれもが満足できるようなかたちではいまだに説明されて伊那いということである。その現象が普遍特性なのかどうかも定かではない。インセスト・タブーは、確かに統計的普遍特性であり、近普遍特性であるかもしれないが、明らかに普遍的なものではない。一方、インセスト回避はおそらく普遍的である」(228)。
■6章 普遍的人間
・絶対的普遍特性のリスト、Murdock 1945, Tiger and Fox 1971, Hockett 1973.
■7章 普遍特性・人間の本性・人類学
・「普遍特性は、文化や社会レベルの普遍特性、言語の普遍特性、個人レベルの普遍特性、非限定的普遍特性、含意的普遍特性といった、さまざまな特性の集合――単一の包括的な説明を拒む集合――から成っている。とはいえ、もし普遍特性の起源を一つだけ探し求めるとしたら、探すべきは人間の本性だろう。しかし、人間の本性は常に直接的に確かめられるものではない。したがって、普遍特性の説明を人間の本性に探し求めるのと同様に、グッドイナフの言うように、普遍特性を手がかりにして、人間の本性を探究することもできるだろう」(254)。
・「文化を心理生物学へと「還元する」ことは、現在も、多くの社会科学者にとって一種のタブーである」(256)。
・問題にするべき人類学の仮定ないし命題(260-261)。
1.自然(本性)と文化は二つの異なる現象領域である。
2.自然は本能(固定的動作パターン)に現われ、文化は学習された行動に現われる。
3.人間の本性はどの人間でも同じだから、文化こそ人間の集団間の違いを説明する。
4.人間の普遍特性は、人間の本性を反映している可能性が高い。
5.文化を吸収するその驚異的な能力を除けば、人間の心はほとんど白紙の状態である。
6.(3と5から)文化は、人間の営みの最も重要な決定因である。
7.人間の行なうことを生物学的な視点から(すなわち、文化ではなく、自然の点から)説明することは、還元論的誤りである(極端な言い方をすると、人間の営みを文化以外の点から説明することはどれも、還元論的誤りである)。
8.文化は、自律的であるがゆえに、恣意的で、多様性に富む。
9.(5と8から)普遍特性はほとんど存在しない(そして重要でもない?)。
・「普遍特性と文化固有の特性との間に、あるいは人類学的問題への生物学的アプローチと社会・文化的アプローチとの間に、ゼロサムゲーム――もっと悪いのは、勝者が全部いただくゲーム――のようなものがあると考えるのは、間違っている」(279)。
■ 訳者あとがき
・コズミデスとトゥービーは、この傾向を「生物学嫌い(バイオフォビア)」と呼んでいる。
・相対主義と相対主義批判という二つの論点がポストモダン人類学の主張に併存する。「構造機能主義と大英帝国の植民地支配の親和的関係を見たり、あるいは従属理論や近代世界システム論に見られる第三世界の現状を世界資本主義に編入する中で歴史的に構成されたものと見る考え方――ポストモダン民族誌は、こうした「世界システム」内への民族誌記述の歴史的位置づけや民族誌の歴史化も唱導する――によれば、従来の人類学の相対主義的な「他者理解」は、異文化の本質主義的理解であり、「他者の捏造」にほかならない」(291)。
[J0636/260121]
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