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海老原嗣生『外国人急増、日本はどうなる?』

PHP新書、2025年。著者はコンサル兼編集者みたいな方の模様。事実認識としては、マスコミやSNSが煽る外国人危険論をデータでたしなめる。その上で労働問題のポイントを特定して、外国人受入れ政策に関する提案をおこなう。ぱらぱらぱらと読んだかぎりでは、その提案も大筋良さそうにみえる。

序 やばい!危ない!でも人手が足りない…。
第1章 あなたの身の回りの外国人は危ない人なのか?
第2章 日本人だけでやってこれたから、今後も大丈夫?
第3章 企業は外国人を低賃金で酷使し、儲けているのか?
第4章 外国人材戦略が大金を生み「世界制覇」を狙える!

大事なのは、数量の程度を把握するということ。不法滞在外国人は、滞在外国人の2%にすぎない。不法滞在者は1990年代にくらべると5分の1に減った。難民申請はたしかに増えた。そうした増加の分は、難民申請中に就労を認めるよう規制緩和した国に集中している。滞在外国人の犯罪率は日本人と誤差程度の差しかないが、送還忌避者にかぎると犯罪発生率は異常に高い。したがって、「外国人全般を憎まず、的を絞って、適宜規制強化すべし」と述べる。

労働力の問題。女性にしても高齢者にしても、精査すると今後人手不足は深刻化していく。そうすると人件費などのコストがかさむ。それはそれでヨーロッパ型の社会として成立しえないことはないが、製造業の空洞化と食料自給率の低下を生んで、災害時などの国家的リスクは上昇する。そこで著者が提案するのは、①低生産性企業の整理・淘汰、②自動化・省力化投資、③雇用再延長、④外国人就労で、もちろん本書一番の論点は④にある。

企業につとめている外国人の場合は、年金料も天引きなので、そのかぎりでは未納はない。帰国した場合、その半分は一時金として母国に持ち帰ることができる。ただし、おかしいのは企業側が納めた年金料は国が没収している現状だという。それを適切な外国人材支援政策に回すべき、というのが著者の主張のひとつ。

著者は、就労期限がきたら3分の2は帰国するようなサイクルを作り、企業の年金料を支援政策に回すとともに、選別の上で、日本社会の力強い構成員となる「共助外国人」を育成・認定すべきだとする。さらには、日本語を「世界語」のひとつに格上げすることを目標に、日本語学校を海外にも設けるなど、年間100万人が新規に日本語を修得するという未来図を提示している。

世界に日本文化の理解者や支持者を増やすというビジョンには希望がある。ぱっと見では「就労期限がきたら3分の2は帰国する」というサイクルをどのようにつくるのか、というあたりの具体策が気になるか。

[J0653/260329]

石牟礼道子『椿の海の記』

河出文庫、2013年。もとの単行本は1976年刊。
水俣に生まれた幼少時代の、豊穣な「天地」と「人間」との体験世界を描く。
あまりにすばらしく、すべてが「真実」とも思えないほど。たとえば狂女の母「おもかさま」の描写など。もっとも彼女が実際にこの幻想的な世界を生きているのだから、やはり真実であるとしか言えないだろう。

第一章 岬
第二章 岩どんの提燈
第三章 往還道
第四章 十六女郎
第五章 紐とき寒行
第六章 うつつ草紙
第七章 大廻りの塘
第八章 雪河原
第九章 出水
第十章 椿
第十一章 外ノ崎浦
あとがき
河出文庫版あとがき
解説(池澤夏樹)

春の季節に手にとったのはちょうど良かった。冒頭からそうなのだが、季節の描写のなかでもとくに、春の大地や草木にたちのぼる濃厚な気配がこの本には立ちこめている。

「山の稜線や空のいろが虚空のはてに流れ出したり、そびえ立つ樹々の肌が、岩より硬く大きく割れだしてみえる日に、そのような世界の間を吹き抜けてゆく風の音が、稚い情緒を、いっきょに、人生的予感の中に立ちつくさせることがある。ことに全山的に咲く花々のいろや、その芳香というものは、稚いものを不可解な酔いの彼方に連れてゆく。春の山野は甘美で不安だが、秋の山の花々というものは、官能の奥深い終焉のように咲いていた。春よりも秋の山野が、花自体の持つ性の淵源を香らせて咲いていた。女郎花、芒、桔梗、萩の花、葛の花、よめなの花、つわ蕗の花、野菊の花。そのような花の間に名も知れぬ綿穂を浮かせたちいさな草々がびっしりと秋色をあやどり、それらが全山に開花してゆく頃になると、空はいよいよ静謐に深くなる。山の中腹や萩や葛の花の下にもぐり込んで横たわり、彼方を仰げば、花頂をはなれた全山の綿穂や花粉がいっせいに、きら、きらと光りながら霧のようにただよいのぼり、山々の姿が紗をかむったようにゆらめているのを見ることがある。山野が放つ香気のようなものが目に見えるのである。稚いものにはそのような山野の精気は過剰すぎ、ある種の悶絶にわたしはしばしばおちいった」(17-18)

たしかに幼少期独特の幸福感に満ちている感覚もあるが、それだけではとても尽きていない。次の文章は、数年が経ってのことだろうか。

「えたいの知れぬ恍惚がしばしば訪れ出していた。季節変りの風が光るとき、山嵐の音がごうと空を渡るとき、秋の山野の花穂の靄につつまれるとき、梅雨どきの大濁流をみつめているときなどに。もう赤んぼではなくなって、わたしは山のそこかしこに自分の世界の持っていた。萩も芒もかるかやも、桔梗も、みんなわたしの背より高かった。そのような時期の山野は、土も草もほどよく乾いて、茸くさい香気が漂いのぼるのである。かたわらで春乃や隣りの小母さんが、藷の蔓などをひきはがしながら話をかわしている声が、なんだかひどく耳ざわりにきこえるのは、五官のすみずみを照らし出そうとしている、情緒のくるめきのせいかもしれなかった。情緒などというような意味の言葉はまだ知らなかったが、網膜のうちに昼の虹が彩なして浮かびつづけ、自分はどこから来たのか、なぜここにこうしているのか、自分はたれか。父と母がいて弟がいて、祖母がいて、権妻殿がいて、近所の人がいて、町があって野道があって、空があるゆえ、なお自分はだれであるかわからなかった。山の畠につられて来て、秋の山野の草の中をさまよっていることはわかっていても、不思議な、処理しようのない自他の存在感がなやましかった。自分はどこへゆくのか、五官のすべてを総動員して、わたしは知りたがり、ほとんどやつれてくらしていた。草とか水とか、麦とか雪とかになり替ってみることは、むしろ安息でもあったのだ」(196-197)

ここに描かれている世界も、たんに自然に満ちた純粋な、非時間的な民俗世界というわけでもない。「道」や町のにぎわいも、あるいは女郎屋といった存在も入りこんできた世界であって、それを後の水俣病に結びつけないとしても、この世界を構成するものでありつつ、何かこの世界に一種の陰を与えてもいるのである。

[J0652/260329]

是川夕『ニッポンの移民』

副題「増え続ける外国人とどう向き合うか」、ちくま新書、2025年。
今いまの問題を扱って、ひじょうによく構成されている本。あまりに手際よく通説をひっくりかえしていくので、逆に警戒したくなるくらい。でもきっと本当なんでしょう。

序章 増え続ける外国人
第2章 少子高齢化と移民を考えるために―移民政策の歴史
第3章 人はなぜ国境を越えて移動するのか?―移民理論の現在地
第4章 技能実習制度は「現代の奴隷制度」なのか?―成長するアジアと日本
終章 吹き荒れる排外主義の中で―移民政策の未来

日本は移民、とくに永住型の受け入れではじつはかなり実績があり、OECD諸国では10位に位置している。永住型と一時滞在型を合計すると、年間36万人を受け入れて、同7位になる。永住型の割合は25%で、この割合は英国(77%)、カナダ(38%)についで3位。

「受け入れの際に求める要件が比較的少ないことに加え、永住型の占める割合が多いといった特徴を踏まえるならば、日本は国際的に見てリベラルで開放的な労働移民政策をとる国として位置づけられる」(56)。

「日本は先進国ではほぼ唯一、労働ルートでの受入れが機能している国と言える。なぜなら、欧米諸国における移民受け入れは、最も需要の多い「労働ルート」での受け入れが非常に少なく、難民などの「人道ルート」、家族呼び寄せなどの「家族ルート」、観光などの短期滞在の後の「オーバーステイ」(超過滞在)といった他のルートにあふれ出しているためた。これが欧米の移民政策が崩壊しているとされる所以である。一方、・・・・・・日本は広範なスキルレベルにわたって永住型の労働ルートでの受け入れが行われており、他のルートが濫用されるリスクは低い」(57)。

日本の移民政策における「埋め込まれたリベラリズム」(95)。制度の中に人権尊重の考え方が組みこまれている状態。

また、たんなる経済格差や「出稼ぎ」だけが移民の理由ではないという。「学歴や収入が高くなるほど、日本や米国への移住を希望するようになるというパターンは、国ではなく個人を単位とした分析でも打倒することが明らかにされている」(156)。「データは、欧米諸国に行けなかった移民が仕方なく日本に来る」といった理解が妥当しないことを示しているのである。様々なデータに基づく限り、日本はもう「選ばれない国」などではなく、むしろ最近、急速に移住先としての人気を高めている国と言える」(157)。「日本が今後、人口減少により経済減少が縮小すれば、外国人に「目指されない国」になるという仮想シナリオは間違いなのである」(165)。また、経済格差だけが移民の理由ではないということは、訪れる移民の数にも上限があるということになるらしい。

[J0651/260323]