衝撃的なレポート。そうか、「死の医療」の世界は、この10年ないし15年で完全に新しい段階に入ったのだね。なにか一線を越えたようだ。ちくま新書、2023年。

序章 「安楽死」について
第1部 安楽死が合法化された国で起こっていること
第2部 「無益な治療」論により起こっていること
第3部 苦しみ揺らぐ人と家族に医療が寄り添うということ
終章 「大きな絵」を見据えつつ「小さな物語」を分かち合う

イギリス緩和ケアにおけるリバプール・ケア・パスウェイの問題をいち早く、きちんと紹介していたのもほとんど著者だけだったように思うが(『死の自己決定権のゆくえ』)、世界における安楽死の最新動向をたどったこの書の記述もきわめて有益。

日本では、2016年の相模原事件や2019年の京都ALS患者嘱託殺人が議論され、2018年にはNHKスペシャル「彼女は安楽死を選んだ」が波紋を呼んだが、こうした動きの背景には、世界的な安楽死の合法化・非罰化の動きがあったと考えるべきことが本書から分かった。いま世界各地で、緩和ケアと安楽死の混同が進んでおり、臓器移植の推進もまたそこに絡んでいるとのこと。「その人にとって無益な治療」という議論もまた、「治療をするに値しない無益な患者」という議論に横滑りしつつあると。

第三部では記述のトーンが変わって、障害のある娘をもつ著者自身の体験を織り交ぜた話になっていくが、安楽死の問題を長らく追究してきた著者だけに、日本社会における医療の世界と生活の世界のずれや、安楽死の問題の受容に関して、言葉にしにくい「現実」をうまく言語化してくれている。

これだけていねいに問題をすくい上げてくれる本があって、しかし今の日本社会のなかで、安楽死のことを慎重に捉えなおすこの立場に関してどれだけの共感を得ることができるだろうか? 第三者的にものを言うばかりでなく、著者とともに理解を広げる動きの一端を担いたいと思っているが、その一方でこうした疑問もまた、不安とともに浮かんできてしまうのだ。

[J0438/231221]