副題「寺社伝説探訪」、新典社選書、2015年。

第1部 役行者伝
 誕生と幼少年時代
 壬申の乱の周辺
 讒言と流罪
 配所の日々と赦免
 日本出国と謎の終焉
第2部 役行者のいる風景
 奈良地方
 大阪・京都・滋賀地方
 東海地方
 関東地方
 東北地方
附 役行者ゆかりの寺院と神社

著者は文学研究者らしく、役小角(役行者)については、いまは角川ソフィア文庫に収められている『超人役行者小角』という書も出版している。

本書は、役小角の伝承・伝説総覧といった内容で、これだけの伝説があるという事実だけでも印象的。役行者は飛鳥時代の人物というが、神話の時代と歴史の時代のあわいにいるところが魅力的。

出自にはまた出雲が絡んでくる。小角の生まれは奈良茅原ということになっているが、父・大角は、出雲の加茂氏の出身だという伝承があるらしい。なお、奈良と出雲の深い関係については、岡本雅享『出雲を原郷とする人たち』(藤原書店、2016年)に詳しい。

ただ、出雲地方に役行者本人の伝説が濃いとは聞いたことがないし、本書で触れられているのも、小角の開基だという三刀屋の古刹・峯寺の存在くらい。本書によると、金山彦と役行者には縁があるというのだが、どうも出雲周辺の金屋子神社の「金屋子」の神は、金山彦より金山姫のほうが主神のように扱われていて、他地方のそれと信仰の形態がちがっている印象がある。

役行者と言えば、印象的なのは一言主との逸話。葛城山の神である一言主を使役させたあげく、それを嫌がるがために崖に投げ入れるなどしたために、一言主は謀反のかどで讒言をして小角を流罪にせしめる。流罪から戻った小角は仕返しに一言主を呪縛して、そのままずっと放置しているという、「そしてカーズは考えるのをやめた」的なこの伝承は、神との関係性について、日本の伝説の中でも異彩を放つエピソードだ。本書著者は、一言主の没落譚は、それを祀っていた葛城氏と天皇家との対立の表現だというのだが、さてどうか。

[J0345/230323]