集英社文庫、2005年。原著は2002年。小説だし、まったく自分の読書傾向には入ってこないのだが、なんでかポチったものを読了。ポチったのは、かつてのチェコやソ連の状況が分かるから、みたいな理由だったろうか、それも覚えていない。たしかに、なかば、1960年代にチェコのソビエト学校に学んだ著者の実体験にもとづいた物語であるらしい。

解説の亀山郁夫氏のように、「女ドストエフスキー」とまで持ち上げる勇気はないが、たしかに場面転換のしかた(多くは物語中物語で回想やノートの記述なのだが)は、ロシア小説のように演劇的。また、登場人物や時代がつぎつぎ入れ替わっても、読みにくくない。人物描写で言うと、主人公たちがその足取りをたどっているオリガ・モリソヴナの矜持あるキャラクターが、ラーゲリへの強制収容等々といったた陰鬱な舞台設定にもかかわらず、この物語全体の雰囲気をどんよりとしたものにはさせていない。

ふだん小説を読まない僕なので、かなりがまんもしながらこの長編のページを繰っていったわけだが、最後のどんでん返しのところではびっくり。どんでん返しのストーリー自体もそうだけども、これってまさに、精神の障害を負った人が最期に正気をとりもどす「終末期覚醒」ではないか。この部分はフィクションだろうか。終末期覚醒で学術論文書いた人って、僕を含めて日本にひとりとかふたりとかだと思うけど、めったに読まない長編小説の結末でこの主題に出くわすとは、なんとも奇遇。

ほかにひとつ、ロシア小説一般との比較も想定しながら指摘するとすれば、チェコやロシアの話のわりに、宗教やそれに関した心性を感じさせる部分がないんだよね。最後の告白では「天国」や「最後の審判」という表現が出てくるんだけど、どうしてか、どこか比喩的な表現のように響く。そのへん、日本的な視点から書かれた小説と言えるかもしれない。

[J0368/230525]