疫病との関係から世界史を描いた、ウィリアム・マクニール『疫病と世界史』(佐々木昭夫訳、中公文庫、2007年、原著初版は1976年)。似たような主旨の本に、ベストセラーとなったジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』(倉骨彰訳、草思社文庫、2012年)などもあるが、個人的にはマクニールの方がおもしろかった。

疫病から世界史を捉えることのひとつの利点は、近代科学の一領域としての医療の発展を、過大にすぎず過小にもすぎずに評価できるところと思われる。なぜならば、感染症への対処法は、近代医学の成果がもっとも顕著にあらわれた主題であり、人口変動や死亡率などの数字でもって、はっきりとその効果を計ることができるからである。

疫病にスポットを当てたこの観点からすると、17世紀以前の世界史的な「発展」は、都市化といった生活環境の変動に対する生物学的反応としての「疫学的適応」の範疇に収まるものにすぎない。たとえば、マクニールが強調しているように、スペインがインディオを容易に征服することができた大きな要因は、たんに両民族の疫学的適応の違いにあった。

マクニールは言う。「医学的治療と医療機関が人類の平均寿命と人口増に大きな変化をもたらすのは、実はようやく1850年以降になってからのことである」(下巻139頁)。疫病との関係における人類社会という切り口からすれば、「近代」の画期はここにあると言うこともできるのではないか。

[J0007/170508]