忘れないうちにメモを。ホスピス・緩和ケアの歴史をめぐる研究の進展はここ10~20年ばかり、めざましいものがある。1967年にセントクリストファー・ホスピスが創設されて50年が経過し、ようやく歴史の対象になってきたということでもありそうだ。

デイヴィッド・クラークの仕事

まずは彼、David Clarkの仕事を参照せずに近代ホスピス史を語ることはできない。

David Clark and Jane E. Seymour, Reflections on Palliative Care. Buckingham: Open University Press, 1999. ――この時点では一番包括的な著書だったが、彼自身による後の著書で上書きされたとみてもよい。

David Clark, Cicely Saunders. Oxford : Oxford University Press, 2002. ――現時点で、ソンダースの評伝としてはもっとも信頼できるもの。

David Clark, To Comfort Always. Oxford: Oxford University Press, 2016. ――ホスピスも含め、19世紀以降現在に至る緩和医療史を概観する。もしこの分野で一冊だけ読むとすれば、この書を薦めたい。

David Clark, Neil Small, Michael Wright, et al., A Bit of Heaven for the Few? Observatory Publications, 2005. ――こちらは資料集に近いもの、近代ホスピス創設に関わった関係者に行ったインタビュー・プロジェクトの記録。David Clarkの仕事はこうした地道な作業に支えられている。それほど出回っていない本なので、入手や閲覧するには少し手間がかかるかもしれない。

草創期「ホスピス」の個別研究

セントクリストファー・ホスピスに先駆け、19世紀後半から20世紀初頭にいくつかの「ホスピス」が設立されたことが知られている。それら初期「ホスピス」の個別研究がいくつも現れてきている。

Grace Goldin, “A Protohospice at the Turn of the Century,” Journal of the History of Medicine and Allied Sciences 36(4), 1981. ――それら初期「ホスピス」を「プロトホスピス」と名づけた、その後の研究の出発点となった論文。 主に1893年にロンドンに設立されたセント・ルカ・ハウスを扱い、その実態に迫っていて今もなお興味深い。

Sarah Lush, Trinity Hospice. Clapham: Trinity Hospice, 1991. ――このトリニティ・ホスピスはもともと、1891年に創設されたホステル・オブ・ゴッドを前身とする。100周年にホスピス自身が発行した本だが、情報の質は低くない。

Paul Lydon, A Catalogue of Records Retained by Hospices and Related Organizations in the UK and the Republic of Ireland. Sheffield: European Association of the History of Medicine and Health Publication, 1998. ――プロトホスピスにかぎらず、イギリスとアイルランドのホスピスの歴史一覧。各ホスピスで有している資料についても記載している。有名どころ以外も掲載されている点で便利であるが、情報のなかには厳密ではない部分もある。

Clare Humphreys, “Undying Spirits,” University of Sheffield, Faculty of Medicine, PhD Thesis, 1999. ――ホステル・オブ・ゴッド、セント・ルカ、セント・ジョセフという、ロンドンの草創期ホスピス3カ所を取り上げた博士論文。入手しやすいのは、そのダイジェスト版の論文、“Waiting for the Last Summons,” Mortality  6(2), 2001. 貴重な情報も多い一方、解釈には少し生硬なところが見受けられる。

Michell Winslow, David Clark, St. Joseph’s Hospice, Hackney. Lancaster: Observatory, 2005. ――1905年に創設されたセント・ジョセフ・ホスピスの歴史を描く。プロトホスピスの中でも、セント・ジョセフの存在や影響は特に大きかったようだ。シシリー・ソンダースについても記述がある。

Helen I. Broome, “Neither Curable nor Incurable but Actually Dying,” University of Southampton, School of Social Sciences, PhD Thesis, 2011.――1885年創立、ブリテン島では一番早いプロトホスピス、フリーデンハイムの研究。その前史にワークハウスを置く。

このように、19世紀末にロンドンに現れた初期ホスピスについてはかなり状況が明らかにされてきたが、まだ手つかずで残っているのは、1889年創立のセント・コルンバである。

1879年にダブリンに設立されたアワー・レイディ・ホスピスの歴史を扱った本については、じゅうぶんに調べ切れていない。T. M. Healy, 125 Years of Caring in Dublin (2004) という本を探しているのだが、大英図書館にすら所蔵されておらず、未見である。

フランスでは、ジャンヌ・ガルニエのカルヴァリー婦人会が、1843年のリヨンに看取りの施設を設けている。目についたものを二、三、確かめただけでフランス語文献まで精査してはいないが、次のような論文がある。Patrice Pinell and Sylvia Brossat, “The Birth of Cancer Politics in France,” Sociology of Health and Illness 10(4), 1988; Pierre Moulin, ”Les soins palliatifs en France,” Cahiers internationaux de sociologie 108, 2000.

種々の通史

さて、さきに David Clark, To Comfort Always を紹介しておいたが、そのほか種々の通史など。

Milton J. Lewis, Medicine and Care of the Dying. Oxford: Oxford University Press, 1997. ――ホスピスよりも広く、西洋における死者に対する医療的ケア全体の歴史を扱う。アメリカ、ヨーロッパのみならず、オーストラリアの情報に強いのも特徴。このテーマに、オーストラリアは重要な土地である。

Jason Szabo, Incurable and Intolerable. New Brunswick: Rutgers University Press, 2009. ――19世紀フランス、「不治の病者」に対するケアや取り扱いをめぐる歴史。

Emily K. Abel, The Inevitable Hour. Baltimore: John Hopkins University Press, 2013. ――Szabo と同様、「不治の病者」という範疇の変遷でもあるが、こちらはアメリカで時代的にも20世紀に及ぶ。

Harold Y. Vanderpool, Palliative Care. Jefferson: McFarland and Company, 2015.――これは貴重な研究で、医学史の文脈における緩和ケアの歴史を辿る。これまで見過ごされてきた系譜を包括的にまとめている。

Michael Stolberg, A History of Palliative Care, 1500-1970. Cham: Springer International Publishing, 2017.――包括的な緩和ケア史。先行研究を渉猟し、情報量が豊富。

周辺研究のいくつか

直接、ホスピス・緩和ケアを扱っているわけではないが、有意義と私が感じた周辺の研究。

Sioban Nelson, Say Little, Do Much. Philadelphia: University Pennsylvania Press, 2001. シオバン・ネルソン『黙して、励め』原田裕子訳、日本看護協会出版会、2004年。――ホスピスばかりみていては、ホスピス史は分からないと思わせられる。ナイチンゲール中心史観を相対化して、近代看護の確立に果たした修道女やディーコネスたちの役割を再評価する。日本語訳では、キーワードであるはずの religious nurses を「献身看護師」と訳しているが、いかがなものか。Nelson が、現代看護が宗教の歴史的役割を軽視しがちであると批判する、その傾向そのものという気がしてしまうが。

Nelsonの本を読むと、ディーコネスの動きも気になってくるが、研究書はいくつもある模様。フォローしきれていないが、スウェーデンでのケースについて紹介している本を一冊だけ紹介しておく。Todd H. Green, Responding to Secularization. Leiden: Brill, 2011.

このような状況にあって、岡村昭彦のホスピス史記述は、歴史学の分野ではもう古くなってしまったと言える。しかし、ホスピスというテーマに賭けた彼の情熱の価値は変わらないのだし、岡村自身がすでに歴史の一部である。評伝として、高草木光一『岡村昭彦と死の思想』岩波書店、2016年。

いちおう参考として、論文「近代ホスピス成立の歴史的・宗教的背景」(『現代宗教2020』2020年、http://www.iisr.jp/journal/journal2020/ )。

[J0039/200512=E0012]