濱野大道訳、ハヤカワノンフィクション文庫、2018年、原著2015年。

それが書かれたことに感謝したくなる本はそう多くはないが、この書はそうした本のひとつだ。「羊飼いの暮らし」というタイトルや「イギリス湖水地方の四季」というサブタイトルはちょっと舌足らずで平凡すぎるかもしれない。ここに描かれているのは、イギリスに綿綿と受け継がれてきた羊飼いという生き方であり、それを現代に抗し、また現代の中で守ろうとする作者の姿である。

それは、筆者が鋭く書いているように、ロマンティシズムの眼鏡をかけて湖水地方を訪れる観光客の目にはまったく映らない生き方である。リーバンクスは、農場の生と死、血や病や寒さの仔細まで包みかくさず描いているが、そこからは、羊飼いの伝統的な暮らしにおいてリアルであることがすなわち詩的でもあって、それがまったく切り離せないことを教えられる。ふつうなら当事者は語ろうとしない、ただ黙々と、羊と土地のために働く生き方について、そこに身を投じながら、それを丁寧に翻訳してくれた筆者に感謝したい。600年以上、代々羊飼いをしてきた家に生まれた筆者であることが重要で、よくある脱サラ的に帰農した著述家の見ているものともまったく違った世界が描かれている。

「すべてを自分で決め、人生をゼロから作り上げる人もいる。しかし、私の人生はちがう」(70)

「農場での仕事の多くは、”合理的な経済的意味”の枠の外にある。なかには、石垣の修理に一年のうち五〇日以上を費やすファーマーもいる。おそらく、崩れた石垣の石を売って金にするのが現代的な選択肢にちがいない。ファーマーたちはただ、やるべきことをやっているだけなのだ」(284)

「羊飼いの仕事の掟三ヶ条―― 一、自分自身ではなく、羊と土地のために働くこと。二、「常に勝つことはできない」と自覚すること。三、ただ黙々と働くこと」(285)

危機や変容はあるにせよ、羊の種類も在来種であるハードウィックにこだわる、こういう生活が今日にも存続していることはすごい。やはり、近代を自ら生み出した社会として、イギリスは伝統的社会からの断絶としての近代化を経験していないというのは本当だという気がする。

著者ジェイムズ・リーバンクのツイッターも人気とのこと。

https://twitter.com/herdyshepherd1?s=20

[J0105/201128]