山手書房、1979年。著者名は「こぎ」さんと読むそう。文脈は忘れてしまったが、小熊英二さんがどっかで引いていて、おもしろそうだと買っておいた本。なるほど、おもしろい。古い本だが、スイスの社会と歴史、それに質実剛健なその国民性を知ることできる良書。著者はすでに亡くなられてしまったようだが、現在の状況に関する補足を付けて復刊したらいいのでは。

1 アルプスに隠された秘密
2 民間防衛の要・各防空壕
3 血の輸出の悲惨な歴史
4 永世中立を守りぬく闘い
5 世界で一番古い共和国
6 あなたもスイス国民になれる

 フランス語、イタリア語、ドイツ語、ロマンシュ語と四つの公用語があり、ゲマインデ(地域共同体)やカントン(25の州)の独立性や自治意識が高く、経済のチューリヒ、政治のベルン、国際関係のジュネーヴとばらばらのように見えて、外国に対しては強固な連邦国家意識をもってあたるスイス。国連の本部がありながら、ごく最近まで国連に加盟せず、いまだEUとも袂を分かつスイス。連邦としても自治体としても、直接民主制を重要な社会の柱として世界に誇りつつ、各建築に付設が義務づけられて国民全員を収容可能な核シェルターを備えた、民間防衛の国スイス。

 いまでは世界最高水準の豊かさにあるスイスは、かつてはむしろ資源に乏しく貧しい国であったが、古くからアルプスに育まれた勇猛な兵士で高名であり、自国においては常勝軍であった。ヨーロッパ各国は競ってスイスの傭兵を雇い入れたが、それはスイス人同士が戦いあう悲惨な状況も生み出した。フランス革命時にバスチーユやルイ16世を守っていたのもスイス傭兵で、とくにチュイルリー宮殿では国王からの武装解除の命を遵守して殺戮される悲劇に遭っている。スイスこそ――当時まだ、ジュネーヴはスイス誓約者同盟に加入していなかったが――ルソーの母国であることを考えると、いっそう複雑な事態だ。ロシア出兵を含む、ナポレオンの遠征に従事したのもスイス傭兵であった。

 こうした「血の輸出」の歴史のすえ、スイスが選んだ生存戦略が永世中立であった。ヨーロッパ各地に送られた傭兵は情報や技術を母国にもたらしてきたが、永世中立の立場は戦争当事国に対する商機に利益があり、たとえば第二次世界大戦のときには、ドイツの工場に代わって化学薬品工業が世界的なものとなったし、今でも兵器産業はスイスの基幹産業のひとつである。外国での戦争の際には、その戦争に対する兵器の輸出の諾否について国民投票が行われるのもスイスらしいというわけだ。

[J0178/210727]