Author: Ryosuke

齋藤純一・谷澤正嗣『公共哲学入門』

副題「自由と複数性のある社会のために」、NHKブックス、2023年。もともとは講義の教科書とのことだが、いいかんじの概説。前半が学説解説、後半がイシューごとの説明となっていて、とくに後半はごく薄くではあるけど、紹介という目的には即している。「ありがたい、助かる」のカテゴリーに入る一書。

公共哲学は何を問うのか
公共哲学の歴史1
公共哲学の歴史2
功利主義の公共哲学
リベラリズムの公共哲学
リバタリアニズムの公共哲学
ケイパビリティ・アプローチの公共哲学
平等論と公共哲学
社会保障の公共哲学
デモクラシーの公共哲学1
デモクラシーの公共哲学2
フェミニズムの公共哲学
国際社会における公共哲学

新しい動向を手びろく見渡しているのは強み。基本理論については、ロールズやセンの記述にも通りいっぺんの紹介以上のことが含まれているのと、ハーバーマスの説明に一節を充てて比較的手厚い。知らないだけかもしれないけど、これくらいの分量のハーバーマス紹介って、実はあんまりないような気がする。

[J0626/251215]

アマルティア・セン『インドから考える』

副題「子どもたちが微笑む世界へ」、山形浩生訳、NTT出版、2016年、講演やエッセイを集めた本で、原書はThe Country of First Boys, 2015。

序文 (ゴパルクリシュナ・ガーンディー)
編者まえがき
はじめに——個人的なものと社会的なもの
暦から見たインド
遊びこそが肝腎
押しつけられた矮小性
飢餓——古い苦悶と新しい不手際
自由について語る——なぜメディアが経済発展に重要か
日光その他の恐怖——学校教育の重要性
世界を分かち合う——相互依存とグローバルな正義
一位の男の子たちの国
貧困、戦争と平和
本当に憂慮すべきものとは
タゴールのもたらすちがいとは何か?
一日一願を一週間
ナーランダー大学について
解説 湊一樹 (アジア経済研究所)

インドの現実にふれたエッセイが多く、センがどんな社会状況をみすえて彼の理論をつくっているのかが分かる。

 エッセイ集だけにこの本自体はさらっとした文章ばかりだが、より本格的な道徳哲学でも経済学でも、議論のための議論にならないよう、貧困や不平等の現実的解決をつねにめざして話を組みたてるセンの姿勢は読むたびに感動的。
 一方で、セン自身の瑕疵ではないのだが、インドという非西洋のバックボーンをもって、学校教育、女性のエンパワーメント、討議に基づく民主主義、報道の自由、文化の多元主義といった事柄の積極的意義を正面から打ちだすセンの議論は、西欧世界の文化人にとっても受け入れやすく、ある意味で都合が良すぎる面があるのも事実である。宗教の問題についてそうだが、西欧的価値観を奉じる勢力にとって耳が痛いとか、なにかをそこにぶつけるといった面が乏しい。僕自身はセンのやりかたが好きで偉大な人だと思うが、センに満足できない人たちもいるだろうこともなんとなく分かる。戦い方はいろいろだ。

[J0625/251213]

金龍静『蓮如』

吉川弘文館、歴史文化ライブラリー、1997年。

蓮如論の課題―プロローグ
蓮如の前半生
一向宗の誕生
御文の地平
加賀の一向一揆
蓮如の家とその一族
教団組織の実態と原理
蓮如の最後―エピローグ

ちゃんと参考文献は示してほしかったけど、蓮如の重要性は伝わる。そこここに、宗教思想と社会組織の相互関連に着眼した、著者の宗教社会学的視点が光っている。親鸞をみただけではわからない、浄土真宗の動態。そもそも浄土真宗という呼称が、蓮如に由来するという。

「蓮如という人物は、宗派内の人々が、たんに「中興上人」とみなす以上に、重要な意味をもった人物である。日本仏教史の千数百年の流れのなかで、門流形態から宗派形態への転換をうながす、その出発点をなしたのが蓮如であったからである」(197-198)。宗祖・経典の一元化。
「現在の真宗各派は、ともに、「親鸞という人を唯一の祖師とする真宗に属する一派なのだ」、という共通帰属意識をもっている。でもそれは、鎌倉初期からあった普遍的意識ではなく、おそらく近世末か近代初期の比較的新しい歴史意識というべきであろう。他の仏教集団も、結局このころまでには、特定の宗祖・特定の本山のもとに結集し、「宗派化」を完了させる」(198)。
 このラインでは、江戸幕府が求めた本寺-末寺の支配体制も、浄土真宗のそれ が原型になったと考えてよいか。
 もう少し具体的な記述として、「相伝物の独占を批判し、『御文』と『正信偈和讃』のみを教団の聖教とする、これが吉崎時代以後の蓮如の意志であった。・・・・・・善知識=如来・菩薩観の全面的な復活を押しとどめた最大の抑止力は、聖教の限定化にあったと推測される」(90)。

 蓮如が生きたのは、1415年から1499年。応仁の乱が1467~77。本書では、最初の一向一揆を1474年の文明六年一揆としていて、1570~80年石山合戦や1574~75越前一向一揆まで100年余続くと。
 天文法華の乱は1536年で、ザビエルによるキリスト教伝来が1549年だから、蓮如はその少し前。なにかというと、この時代、つまり15世紀後半から16世紀にかけてのこの宗教的な、そして党派的な熱狂はなんだったのかという歴史的な問い。島原天草まで加えるとすれば、17世紀の初頭までそう。蓮如は――彼自身がけしかけたとかいう意味ではなく――その運動の先駆けに位置する人物としてもよさそうだ。
[J0624/251209]