岩波新書、2006年刊。
1 いま私たちの住む世界
2 歴史のなかのインフルエンザ
3 ウイルスとの共生を考える医学へ
4 新型インフルエンザにどう対応するか

・インフルエンザには、遺伝子の部分的変異による季節性の流行と、大きな変異による新型インフルエンザの世界的流行とがある。新型の流行は、20世紀には、1918年スペイン風邪、1957年アジア風邪、1968年香港風邪があり、次の流行がまた予測されている(24-26)。

・インフルエンザを疑わせる記録は紀元前412年、ギリシャ時代のものというが、症状から考えると1173-74年にかけての記録が最初であり、1580年のものはおそらく世界的流行であった(48)。18世紀に入るとより詳細な記録が現れる。

・症状が激烈で被害が甚大であったスペイン風邪は1918-20年に生じた。スペイン風邪という名称の由来は不明で、流行はアメリカからはじまった(51-52)。季節性のインフルエンザと異なり、スペイン風邪は10~30歳代の若者のあいだで死亡率が高かったことから、社会の機能不全を引き起こした(56)。スペイン風邪は、アフリカそれからインドでも激甚な被害をもたらし、全世界で4880万~1億人の死亡者が出たと推計されている(69)。

・水鳥はA型インフルエンザに感染しても通常無症状であり、そのことからウイルスが水鳥のなかに安住の地を得ている(102)。トリ型とヒト型のインフルエンザ双方に高い感受性をもつブタの体内で、キメラウイルスが発生し、そこから新型インフルエンザが出現する(104)。

・インフルエンザのウイルス構造蛋白のうち、HA蛋白の解裂部分にあるアルギニンの数が、細胞への感染を規定している。HA蛋白の解裂部分にアルギニンがひとつしかない場合は、その解裂・活性化は、ヒトの場合気道上皮細胞に存在する酵素によってしか引き起こされない。これを弱毒型インフルエンザウイルスという。一方、アルギニンの繰り返し配列が存在する場合は、全身の細胞で解裂・活性化すなわち感染が可能になる。あらゆる臓器に障害を生じさせうるこうしたインフルエンザウイルスを強毒型という。過去の新型インフルエンザウイルスは、すべて強毒型には変化しない低病因性のインフルエンザウイルスによるもので、これはひとえに幸運である(108-110)。

・ウイルスは、感染効率や致死率が高く、潜伏期間が短ければ短いほど、宿主を消耗尽くして自ら消滅する可能性が高くなる。

・HTLV-1というウイルスは白血病発症をもたらすが、潜伏期間が50-60年あるため、1万年にわたってヒトに感染し続けてきた。しかし近年、このウイルスが消滅しようとしている。この消滅は、新たなウイルスや変異をもたらす可能性がある。「平均的な潜伏期間が100年を超えればどうだろう。ヒトとの完全な共存が可能かもしれない。さらに平均的な潜伏期間が200年を超えれば確実に共存は可能となるだろう。そうした可能性を秘めたウイルスの消滅はある意味で人類にとっての大きな損失かもしれない。病気を引き起こさないウイルスは、新たな毒性の強いウイルスがヒト社会へ侵入する際の防波堤となってくれる可能性があるからだ。このことは、エイズについてもいえる」(130)

・「医療生態学的な視点からみた場合の一つの理想は、インフルエンザウイルスを根絶したり、あるいはインフルエンザウイルスと存亡をかけた闘いを行ったりするのではなく、致死率の極めて低い(あるいは理想的には致死率がゼロの)新型インフルエンザウイルスが周期的に流行をし、そうしたウイルスを私たちヒトが制御できる状態を確保するということかもしれない。そうすれば、新たな道のウイルスがヒト社会に出現するための生態学的ニッチをウイルスに与えることなく、つまり将来にわたる潜在的リスクを増大させることなく、現在の社会的リスクを最小化することができるかもしれない」(133)

[J0021/200331]