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毛利嘉孝『増補ポピュラー音楽と資本主義』

2012年、せりか書房。

1 ポピュラー音楽と資本主義
2 ロックの時代の終焉とポピュラー音楽の産業化
3 ポップの戦術―ポストモダンの時代のポピュラー音楽
4 人種と音楽と資本主義
5 「Jポップ」の時代
6 「ポスト・Jポップ」の風景
7 ムシカ・プラクティカ―実践する音楽

大学での講義テキストとして書かれたものというが、たしかにバランスがよい良書。バランスがよいというのは、音楽本にありがちな、自分自身の趣味にはしるようなこともなく、かといって衒学的でもなくて、まさにテキストとしての役割を果たしている。

前半部分は他の書物でも一応ありそうな概説だが、とくにJポップのところは概観としての精度が高く、あまりほかになさそうに思う。初版が2007年で、この増補版が2012年というので、この間の変化の激しさに驚いた旨が書かれているが、さらにそこから15年、変化は加速していて、もうちょっとしたら1990~2000年頃の音楽シーンのことをリアルに想像ができなくなりそうだ。そう考えると、本書の記述の価値はこれからさらに高くなるかもしれない。求められる音楽批評のスタイルや対象自体もまた変わってしまうだろうけれども。

メモ:黒人文化を語る、ポール・ギルロイ『ブラック・アトランティック』の反-反-本質主義。

[J0574/250322]

別宮暖朗『日本海海戦の深層』

ちくま文庫、2009年。底本は、2005年。秋山真之をもちあげた、司馬遼太郎『坂の上の雲』を吊し上げる。本書を読むと、日本海海戦の結果はロシア側の軍人たちも予想していたことであり、むりやりにバルチック艦隊を遠征させたニコライ2世の判断が一番の要因だったという印象になる。

近代戦艦の歴史
日清戦争の黄海海戦
砲術の進歩
日本人だけが崇めるマハンの海軍戦略の実像
米西戦争
東郷平八郎
日露両海軍の戦略
機雷の攻撃的使用
旅順艦隊の全滅
バルチック艦隊の東征
日本海海戦

身も蓋もないことをいってしまうが、個々の戦闘結果の「理由」をまともな歴史学の基礎のうえに語るのは無理、不可能。一方で、交戦くらいみんなが語りたがるおもしろいトピックもなく、このへんに「沼」が生まれる理由もある。

同時代の、情報に満ちあふれた、プロ野球の試合結果ですら「勝利の理由」など特定しがたいのだからね。はるかに情報が乏しいだけでなく、一方で情報が隠され、迷彩を施し、一方で大いに脚色や誇張されもする、実際の戦闘場面のことなど、事実確認をちょっとずつ進めることでやっとでしかない。わくわくはできないかもしれないけど、それがまともな歴史感覚、もしくは歴史学的感覚というものだろう。

[J0573/250321]

渡邉雅子『論理的思考とは何か』

岩波新書、2024年。なるほど、ロジックの多様性を整理した本だが、これは一種の日本人論としても読まれるだろうね。非論理的と叩かれがちな「感想文」の実践であるが、これを実質合理性を志向した「社会領域型」のロジックに基づくものとして、日本社会の社会秩序の形成・維持に貢献していると再評価する。

序章 西洋の思考のパターン:四つの論理
第1章 論理的思考の文化的側面
第2章 「作文の型」と「論理の型」を決める暗黙の規範:四つの領域と四つの論理
第3章 なぜ他者の思考を非論理的だと感じるのか
終章 多元的思考―価値を選び取り豊かに生きる思考法

アメリカで優越する経済領域の論理、フランスで優越する政治領域の論理、日本で優越する社会領域の論理に加えて、イランで優越する法領域の論理というものが考察に入っているところもポイント。
「演繹的な推論は、多くの場合、帰納による裏づけを持っており、私たちを納得させるには経験に基づく帰納が必要であるが、演繹のみで成り立つ推論である。それが法律と神学である。法律と神学は「成文法規」や「聖典」を真である第一原理として持ち、それをもとに様々な事象についての演繹的な推論を行う。三段論法の大前提となる第一原理(真理)を示す書物の存在が、法技術原理の思考とその表現法を特徴づける」(98)。

イスラーム法を重視する社会のあり方を理解する上でも、示唆がある。さまざまに考えるヒントを与えてくれる一冊。

[J0572/250305]