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Stephen Schuchter, Dimensions of Grief

Stephen Schuchter, Dimensions of Grief: Adjusting to the Death of a Spouse, Jossey-Bass: San Francisco, 1986. 350人を対象に、総計500回以上のインタビューからなる、伴侶を亡くした人の死別悲嘆の研究。古い本だが、豊富な談話が掲載されていてなお価値がありそうなので、節構成だけでも紹介しておく。

前書
第一章 伴侶が死んだとき:死別経験を理解する
 悲嘆の諸次元
  感情的・心理的諸反応
  感情的苦痛への対処
  亡くなった伴侶との絆の継続
  機能の変化
  諸関係の変化
  自己理解の変化
第二章 伴侶の喪失に対する感情的・心理的反応
 防衛的諸反応
 悲嘆の感情的苦痛
 喪失の感覚
 怒り
  死んだ伴侶への怒り
  神と運命への怒り
  家族や友人に対する怒り
  搾取への怒り
  羨み
 罪責感
  生存者の罪責感
  死や苦痛に関する責任
  裏切りの罪責感
  先制の罪責感
 後悔
 不安と恐怖
 助けがないという感情
 侵襲的なイメージ
 心理的混乱
 安心
  生存者に対する安心
  諸葛藤からの安心
 無気力
 孤独感と孤立
 積極的な諸感情
 長引いた疾患の感情的反応への影響
  最初の反応
  苦悩と苦痛
  喪失、孤独、予期悲嘆
  怒り
  罪責感と後悔
第三章 遺族はどのように感情的苦痛に対処するか
 しびれ
 不信
 感情統制
 切り換えた観点
  知性化
  合理化
  ユーモア
 信仰
  受容の促進
  助けや援助の提供
  伴侶との継続的関係の約束
  孤独との戦い
 逃避
 多忙にする
 受動的な気晴らし
 他者との関わり
  他者からの援助
  他者への投資
  喪失の補償
  ペット
 苦痛感情の表現
 外的な欲求充足への耽溺
  アルコール、タバコ、ドラッグ
  お金の浪費
  セックス
 身体的健康の追求
 対処に対する長引いた病気の影響
  現実への準備
  心理的現実への準備
  受容 
第四章 亡くなった伴侶との絆の継続
 死んだ伴侶の場所
 死者との継続的接触
  探究と待機
  臨在の感覚的証拠
  内的な臨在の感覚
  死者との意思疎通
 象徴的表象
  個人の所有物
  楽しみの象徴
  関係の象徴
  家
 生きる伝説
  同定
  活動的永久化
  子どもの中に生き続ける
 儀礼
  葬儀
  遺灰
  墓地
  記念日、祝日、特別な日
 記憶
  安らぎ
  きっかけ
  堰き止められた記憶
  薄れゆく記憶
  理想化
 夢
  埋め合わせの夢
  予知夢
第五章 健康・職業生活・社会機能に対する死別の影響
 健康
  身体上の症状
  医学的疾病
  抑うつ
  自殺
 仕事
  動機
 社会的機能
第六章 家族や友人との関係はどのように変化するか
 家族
  幼い子
  成長後の子
  両親
  義理の家族
  その他の家族関係
 友人
  古い友人
  新しい友人関係
 ロマンスと再婚
  新しい関係の必要
  孤独や独身の選好
  デート
  ロマンティックな関係
  再婚
 性生活
第七章 自己理解の発展
 「寡夫・寡婦」でいること
 独身でいること
  独身でいることの自己認識
  独身自己への再方向づけ
  役割の変化
  鏡の喪失
 個人的資質の変化
  否定的な自己イメージ
  肯定的な自己イメージと成長
 世界観の変化
  方向の喪失
  新しい信念の進化
  未来の目標と方向性
第八章 遺族と治療的に関わる:実践への含意
 悲嘆の課題
 次元に関連した介入
 心理的・感情的変化への対処
  セラピスト
  カタルシス
  正常化
  苦痛への投薬
  他の影響を特定した介入
  死んだ伴侶との継続的関係の統合
 健康の維持と機能の障害への対処
  ストレス要因
  抑うつと不安
  アルコール中毒
  変化した関係への成功した適応
   家族
   友人
   ロマンスと再婚
   性的問題
  進化した自己理解の統合
 遺族への援助団体
 研究の治療的影響
付録 死別悲嘆研究の記述

[J0235/220217]

リアド・サトゥフ『未来のアラブ人』

副題「中東の子ども時代(1978-1984)」、鵜野孝紀訳、花伝社、2019年、原著2014年。今回はマンガ本、シリア人の父とフランス人の母をもつ著者が、リビアやシリアで過ごした幼年期の体験をマンガにしたもの。子どもの目を通して、シリアやリビアの状況や、当時の時代が伝わってくる。子ども目線なので、アラブ社会の女性たちの日常生活をかいまみることができるのも貴重。

なかなか残酷で「野蛮」な描写も少なくないが、なんだろう、なぜかどこか懐かしく感じる要素もある。たとえば今の若い人が読んだら、懐かしさなど皆無で、まったく異世界のことだと感じるのだろうか。そのへん、どこまで読者側が生きた時代や経験に依存しているかは、分からない。

匂いの描写が多いのも、子ども時代の記憶を忠実に描いているからだろう。シリアに越してすぐ、屋上から村を眺めるシーンが好きだ。レジ袋が空に舞っていて、茫漠とした景色。いつか自分が見た景色と錯覚しそうだ、といったら言いすぎだろうか。

[J0234/220216]

ロバート・スミス『来栖』

河村能夫・久力文夫訳、ミネルヴァ書房、1982年、英語原著は1978年。1951年から1952年、香川県塩江町来栖を調査した人類学者スミスが、1975年に再調査に当地を訪れてその間の社会変化も描きだす。

最近ようやく読んだ『日本の祖先崇拝』に感服した流れで手に取ったが、それとはまたぜんぜんちがった種類の労作。8章構成の本なのだが、第8章でけっこうなどんでんがえし――工場誘致をめぐる地域内の歴史的「大事件」の話――があって、1~7章と8章とで二部編成のようになっている。

訳者解説に、エンブリー『須恵村』を評して「日本の農村社会学者が自明のこととして省略した日常生活の子細を文化人類学の手法で克明に記述している」ことに意義があると述べているが、その評はまさにスミスのこの本にも当てはまる。『須恵村』にはない独自の価値があるのは、高度成長という、日本社会が経験したもっともラディカルな変化の一事例を、ていねいに記述している点である。香川や来栖、あるいは農村の研究という以上に、高度成長下における社会生活の変貌を活写した本として読むといいように思う。

模範的エスノグラフィーであるこの書の性質を考慮し、以下、書評にかえて章構成・節構成を挙げておきたい。その方がこの本の内容がよく分かるはずだ。

序章
第1章 塩江町
 排泄物貯蔵施設
 川北住宅開発
 教育
 福祉
 レクリエーション施設
第2章 来栖の人口と家族
 世帯
 来栖の5家族
第3章 衰退する農業
 全国の農業事情
 香川県の農業事情
 1951年の安原村の農業
 1975年の塩江街の農業
 土地
 農業の機械化
第4章 生計の途
 生計としての農業
 農外就業
 地場産業
 要約
第5章 変貌するむらの生活
 来栖の住宅
 車時代の到来
 葬式と法事
 結び
第6章 世代
第7章 地域社会としての集落
 同行から自治会へ
 同行入り
 誕生
 見立て
 結婚式
 葬式
 氏神の春祭と秋祭
 八幡神社の秋祭りの頭屋
 道作り
 婦人会
 来栖用水組合
第8章 集落の連帯性の後退
エピローグ

第8章では、地域を一度は分断し、その後も傷痕を残した事件の顛末が描かれる。エピローグでは、そんな中開かれた、著者のスミスさんの「さよならパーティ」の、美しい時間が描かれている。分断以前・高度成長以前の記憶が、記憶としてはまだしっかりと生きている頃の時間。

[J0233/220215]