河村能夫・久力文夫訳、ミネルヴァ書房、1982年、英語原著は1978年。1951年から1952年、香川県塩江町来栖を調査した人類学者スミスが、1975年に再調査に当地を訪れてその間の社会変化も描きだす。

最近ようやく読んだ『日本の祖先崇拝』に感服した流れで手に取ったが、それとはまたぜんぜんちがった種類の労作。8章構成の本なのだが、第8章でけっこうなどんでんがえし――工場誘致をめぐる地域内の歴史的「大事件」の話――があって、1~7章と8章とで二部編成のようになっている。

訳者解説に、エンブリー『須恵村』を評して「日本の農村社会学者が自明のこととして省略した日常生活の子細を文化人類学の手法で克明に記述している」ことに意義があると述べているが、その評はまさにスミスのこの本にも当てはまる。『須恵村』にはない独自の価値があるのは、高度成長という、日本社会が経験したもっともラディカルな変化の一事例を、ていねいに記述している点である。香川や来栖、あるいは農村の研究という以上に、高度成長下における社会生活の変貌を活写した本として読むといいように思う。

模範的エスノグラフィーであるこの書の性質を考慮し、以下、書評にかえて章構成・節構成を挙げておきたい。その方がこの本の内容がよく分かるはずだ。

序章
第1章 塩江町
 排泄物貯蔵施設
 川北住宅開発
 教育
 福祉
 レクリエーション施設
第2章 来栖の人口と家族
 世帯
 来栖の5家族
第3章 衰退する農業
 全国の農業事情
 香川県の農業事情
 1951年の安原村の農業
 1975年の塩江街の農業
 土地
 農業の機械化
第4章 生計の途
 生計としての農業
 農外就業
 地場産業
 要約
第5章 変貌するむらの生活
 来栖の住宅
 車時代の到来
 葬式と法事
 結び
第6章 世代
第7章 地域社会としての集落
 同行から自治会へ
 同行入り
 誕生
 見立て
 結婚式
 葬式
 氏神の春祭と秋祭
 八幡神社の秋祭りの頭屋
 道作り
 婦人会
 来栖用水組合
第8章 集落の連帯性の後退
エピローグ

第8章では、地域を一度は分断し、その後も傷痕を残した事件の顛末が描かれる。エピローグでは、そんな中開かれた、著者のスミスさんの「さよならパーティ」の、美しい時間が描かれている。分断以前・高度成長以前の記憶が、記憶としてはまだしっかりと生きている頃の時間。

[J0233/220215]