ダイヤモンド社、2021年。副題「元ゴールドマン・サックス金利トレーダーが書いた予備知識のいらない経済新入門」。

第1部 「社会」は、あなたの財布の外にある。
 1 なぜ、紙幣をコピーしてはいけないのか?
 2 なぜ、家の外ではお金を使うのか?
 3 価格があるのに、価格がないものは何か?
 4 お金が偉いのか、働く人が偉いのか?
第2部 「社会の財布」には外側がない。
 5 預金が多い国がお金持ちとは言えないのはなぜか?
 6 投資とギャンブルは何が違うのか?
 7 経済が成長しないと生活は苦しくなるのか?
第3部 社会全体の問題はお金で解決できない。
 8 貿易黒字でも、生活が豊かにならないのはなぜか?
 9 お金を印刷し過ぎるから、モノの価格が上がるのだろうか?
 10 なぜ、大量に借金しても潰れない国があるのか?
最終話 未来のために、お金を増やす意味はあるのか?
おわりに 「僕たちの輪」はどうすれば広がるのか?

なるほど良書、「予備知識のいらない経済新入門」という看板に偽りなし。ただ、田内さんの主張の本筋は明快かつ刺激的なのだが、経済学諸学説の体系からするとどんな位置づけになるのかが知りたいところ。以下、田内さんの主張をまとめつつ。

誰かの労働がモノを作るが、そうしてもたらされるモノの効用が、本当の価値である。お金自体には価値はなく、「社会の中でのお金の役割は、労働の分配とモノの分配を決めることだ」(174)だという。

社会の豊かさは、どれだけの効用が生みだされているかということであって、預金や借金の多寡ではない。そもそも「お金は増減せずに、移動する」だけである。お金の総量は借金でしか増えないが、誰かの借金は誰かの預金である。お金の流れによって、効用がどれだけ増加するか――それは未来における効用も含む――が重要なのである。

お金の多寡は、社会の豊かさを決めていない。お金だけで社会の問題を解決することはできない。「社会全体で労働やモノが不足しているときはお金ではどうすることもできない。・・・・・・社会全体の問題はお金では解決できないのだ」(175)。だから、人口や少子化の問題はほんとうに重大な問題なのだ。節約しなくてはならないとすれば、お金ではなく、労働である。

ただし、重要な前提として、国内市場での経済と、外国との貿易・経済とはちがった発想で臨む必要がある。外国とのあいだには「労働と資源の貸し借り」がある。国内市場での借金は、国内における誰かの預金であるわけだが、外国に対する借金は、将来、その国に労働を提供する必要があるということを意味する。

とくに新鮮だった点のひとつは、株式の説明だ。「株式の転売は、コンサートチケットの転売に似ている」(136)。「ほとんどのお金は応援したい会社には流れていないのだ。2020年の証券取引所での日本株の年間売買高は744兆円。一方で、証券取引所を通して、会社が株を発行して調達した資金は2兆円にも満たない」(137)。なるほど。だから逆に、株式が暴落したとしても、実体経済自体に体力があれば即カタストロフィに至るわけではないと考えられる(田内さんはそうは言っていないが)。もちろん、実体経済と投機が無関係なわけでもないので、もう少し整理はしておきたいが、原則としては正しそうだ。

まとめ的に言うと、家庭の経済と、自国の経済と、国際的な経済とは、原理において区別される。家庭の経済の発想法を、自国の経済に適応するからまちがえる。つまり、「お金を節約して貯め込めばよい」「借金はしない」という発想を、自国の経済や国際的な経済に適用すべきではない。国内における労働およびそれがもたらす効用の増大こそが、国内経済で目指すべき目標である。田内さんはこのことを、「僕たち」の範囲を、自分や家族と設定するか、自分の国と設定するか、世界全体(彼の用語法では社会全体)と設定するかという問題として表現している。

[J0358/230429]