副題「箱根・熱海の癒し空間とサービスワーク」、青弓社、2010年。

湯けむりのむこう――温泉リゾート地域の“オモテ”と“ウラ”(武田尚子)
第1部 温泉リゾート地域の形成と近現代社会(武田尚子)
 第1章 箱根の近代化と温泉地形成――多様なミクロ・コスモス
  1 温泉は誰のもの?―─温泉権と地域社会
  2 湯けむりと近代化―─ミクロ・コスモスのつながり
  3 地付層経営者と温泉地形成―─箱根・湯本集落
  4 近代化へのキャッチアップ―─アソシエーションとネットワーク
  5 流入経営者層と温泉地形成―─塔之沢集落
  6 現代のリゾート―─旅館・ホテルの集積
 第2章 熱海の近現代とリゾートの演出者―─多士済々の旅館経営者
  1 温泉権の解体―─技術の時代と自由競争
  2 旅館経営者リーダー層の形成―─温泉リゾート・ビジネス・モデルの創出
  3 拡大路線と大型化―─温泉街の変貌
  4 リゾートの演出者―─経営者のパフォーマンス
 第3章 サービスワークの革新―─旅館経営者たちのアイデア
  1 温泉リゾート地域の労働市場―─多様な労働者の集積
  2 風雲児の改革「客室は商品なり」―─K旅館の“とっくり”
  3 働く母への目線―─ホテルの保育園
  4 “白いごはん”の配達―─旅館経営者の共同化
第4章 〈舞台裏〉の流入者―─北の国から来た人々
  1 かあさんたちの出稼ぎ―─温泉リゾートと女性労働
  2 縁の下の力持ち―─ヤーレン・ソーランの利尻・礼文から
  3 雪ん子たちのネットワーク―─根を張り、花を咲かせる

第2部 サービスワークと温泉リゾート地域(文貞實) 
 第5章 女性労働者と温泉リゾート
  1 女性労働者とサービスワーク
  2 温泉リゾート地域のサービスワーカー
  3 温泉リゾート地域の雇用戦略
 第6章 癒しのプロフェッショナルの〈舞台裏〉―─仲居のライフストーリー
  1 女性従業員の求人・求職の特徴
  2 癒しのプロフェッショナルの〈舞台裏〉
  3 仲居のライフストーリー
 第7章 エンターテイナーの演出―─芸妓さんと見番
  1 観光地の近現代と芸妓たち
  2 温泉リゾート地域のエンターテイナーたち―─熱海篇
  3 “きらり妓”から和装コンパニオンまで―─箱根篇
 第8章 派遣労働の現代──非安定雇用とサービスワーク
  1 派遣労働と温泉リゾート地域
  2 人材紹介業の参入―─雇用者のニーズ、女性労働者のニーズ
  3 人材派遣の多様化―─マネキンから清掃業まで
 終章 温泉リゾート地域の社会構造と労働市場 武田尚子
  1 流入する人々
  2 マクロなプル要因―─交通基盤の整備
  3 旅館経営すごろく―─あこがれと到達的職業
  4 大規模旅館経営―─「湯」プラス「α」の探求
  5 旅館労働の合理化とプル要因
  6 旅館従業員の労働市場─―分断されているサービスワーカー
  7 現代社会の縮図―─格差拡大

観光地としての温泉をめぐる話題をあれこれ扱った軽い論集、かと思いきや、さにあらずして、働き場としての箱根・熱海をフィールドワークを基礎に描いた一冊。もちろん、温泉や観光の研究としても読めるが、ひとつの特定地域における労働状況とその歴史のケーススタディとしても読むことができる。たとえば、現代的状況を説明した最後の方の章は「派遣労働の現代」となっている。

たとえば、北海道の利尻・礼文からは、1960年頃からニシン漁が不振になって冬に手が空くようになった働き者の女性たちが、季節ごとに箱根の旅館で働くようになったという話。箱根で彼女らは、北海道で見ることのない実のなる樹木に驚いたり、小田原城ではじめて天守閣を目にしたり、筆者は「出稼ぎは一年の時間の流れにメリハリをつけ、活気と躍動感にあふれた期間を女性たちの人生に作り出していたのである」と述べている。このような記述には、『トラック野郎』的な世界を連想させるような、地方におけるかつての労働者たちの生活風景を感じる。
[J0371/230606]