これは労作。「柳田の人と思想の全体を網羅する入門書として」というのが著者の意図だそうだが、初心者向けの入門書としては記述の密度が濃すぎるようだ(良い意味で)。柳田國男ミニ事典といえるような内容。世間に「俺の考えるヤナギタ」像が溢れる中、ご自分の業績がある名誉教授の方がなぜこのような、とふしぎになるくらい手堅い仕事だ。清水書院、「人と思想」シリーズ199、2023年。

はじめに――「柳田山」の道標
序章 「読書童子」國男少年                      
第Ⅰ章 官僚としての出発
第Ⅱ章 民俗学への道
第Ⅲ章 在野研究者への転身
第Ⅳ章 柳田民俗学の確立
第Ⅴ章 戦中・戦後の日々
終章 柳田の思想世界

たんに手堅いというだけでなく、民俗学を前提した評伝ではないところにも意味がある。つまり、「柳田民俗学」の継承ないし克服といった文脈に囚われない記述になっており、そのときどきの論敵とのやりとりも含めて、彼の思想が揺れてきた軌跡についても知ることができる。

このように行きとどいた評伝だからこそなおさらに、また、本書著者も指摘しているように、柳田の場合、「経世済民のための学問」という看板や彼のキャリアと、実際に彼が書いた作品とのあいだに奇妙な距離があることを改めて感じる。たとえば、人々の実生活の問題に直截に取り組んだ宮本常一の著述と比べてみよ。「柳田の社会改良論は、人間の自然性と内面性とが交錯する「夢」「まぼろし」の領域へのまなざしに裏打ちされている」(356)と、本書著者はまとめている。なんとふしぎな社会改良論であることか。

[J0443/231230]