1934年に『文化のパターン』を発表していたベネディクトが、『菊と刀』に結実する日本文化論に取り組む前の著作で、レイシズムという言葉が一般化するきっかけとなったものらしい。阿部大樹訳、講談社学術文庫、2020年。初出は 1940年だそう。

第一部 人種とは何か
 第一章 現代社会におけるレイシズム
 第二章 人種とは何ではないか
 第三章 人類は自らを分類する
 第四章 移民および混交について
 第五章 遺伝とは何か
 第六章 どの人種が最も優れているのだろうか
第二部 レイシズムとは何か
 第七章 レイシズムの自然史
 第八章 どうしたら人種差別はなくなるだろうか?
訳者あとがき
レイシズムを乗り越えるための読書案内

第一部では、いかに人種という概念が科学的根拠のないものかを示し、第二部では、レイシズムの歴史を概観する。

「人間の身体的特徴を戦争や大規模な迫害の根拠として挙げ、さらにそれを実行に移すまでになったのは、私たちのヨーロッパ文明が初めてである。レイシズムは西洋人がこのように産み落としたものである、と言い換えてもいい」(14)

「新約聖書は人間を二つに分けた。善をなしたものと、悪をなしたものとに。・・・・・・レイシズムはカルヴィニズムの再来である」(14-15)

「人種というものは確かに存在する。しかしレイシズムは迷信といっていい。レイシズムとは、エスニック・グループに劣っているものと優れているものがあるというドグマである」(118)

「何世紀にもわたって、主戦場は宗教であった。カトリック教会の異端尋問はただ異端派を次から次へと火炙りにしていただけでなく、同時に、多数派に特別な価値と正当性があることを確認する行為でもあった。このことを無視して人種問題を取り扱うことはできないだろう。現在争われているのが宗教ではなく人種であることには、そういう時代だからという以上の理由はない。異民族の迫害と異端者の迫害は瓜二つである」(170)

この時代にここまで言うのは凄い。「訳者あとがき」で阿部さんは彼女のセクシュアリティの問題に触れているが、性的なものかどうかは別にして、彼女の立ち位置にはいつも社会的マイノリティに対する共感があることを感じる。『菊と刀』の原型となった調査研究についても、戦争時の戦略のひとつであることを考えれば「幸運」という表現はそぐわないかもしれないが、このようにたぐいまれな人種主義批判者であるベネディクトが日本文化研究を担ったことや、そういう人物に敵国文化研究を委ねた当時のアメリカという国の見識には、ある種の感慨の念が湧いてくる。

[J0444/231231]