中公新書、2023年。副題は「実証経済学は何を語るか」とあり、ジェンダー格差を示すデータがずらっと並んでいる・・・・・・というイメージで手に取ったが、実際はかなり違う内容。むしろ、拙速にデータから因果関係を読み込むことを制止しながら、格差が生まれるメカニズムの複雑さを解説しているし、また第三世界の状況にもあちこち言及していて、人類学の人にも読む価値がある。

序章 ジェンダー格差の実証とは
第1章 経済発展と女性の労働参加
第2章 女性の労働参加は何をもたらすか
第3章 歴史に根づいた格差―風土という地域差
第4章 助長する「思い込み」―典型的な女性像
第5章 女性を家庭に縛る規範とは
第6章 高学歴女性ほど結婚し出産するか
第7章 性・出産を決める権利をもつ意味
第8章 母親の育児負担―制度はトップランナーの日本
終章 なぜ男女の所得格差が続くのか

「労働経済学の説明によれば、経済が貧しい水準のときには、所得の向上にともなって、所得効果のほうが強く働き、女性が外で働かなくてもよくなります。ところが、ある程度経済が豊かになると、今度は代替効果のほうが強く働き、女性が外で働かないと機会費用が大きすぎる、平たくいえば損だということになり、女性の労働参加が促されるのです」(41)。ふむふむ。

「わずかな事実(Kernel of Truth)」が、ステレオタイプによる決めつけや思い込みを生む。なるほど。たとえば、STEM分野のジェンダー差の問題の例。「日本の首都圏の伝統的な私立中高では、男子校と女子校に分かれることが多いですが、これにはステレオタイプからの影響を受けにくい効果があるのかもしれません。実際に女子校にいる女子は、数学の成績は男子とさほど変わらないことがわかっています」(89)。ほうほう。

クォータ制の導入について。検証を行った研究によれば、実力のない女性が登用されるわけではない。有能ではない男性を排除できる結果につながる、とな。

「女性が高学歴化し社会進出すると、結婚する女性が減り、少子化につながるようなイメージをもっている人もいるでしょう。ところが実際には、先進国に限ってみれば、大卒女性ほど結婚し、子どもを産むことがわかっています」(129)。「離婚してもすぐに元のように労働市場に復帰できるような国では、女性はおそれずに子どもを産むようです」(130)。最初の所得効果と代替効果の話もそうだけど、ジェンダー格差の動態を考える上で、社会の発展段階を考慮に入れることが大事そうである。

ピルの効果の話とか、興味深い。アメリカでピルが合法化された結果、望まない妊娠の可能性が低くなり、キャリア志向が強い女性たちが教育投資を心をおきなくできるようになったとのこと(148-149)。あとは、『ヤバい経済学』でも紹介されていた中絶合法化の効果に関する研究。

「子どもの存在が女性の社会進出を妨げるかという一般的な問いに対しては、いまだにはっきりしたエビデンスがあるとはいえません。これも直観とは反する経済学実証研究のひとつの成果なのかもしれません」(175-177)。「日本の少子化については、女性の社会進出がその元凶であるかのようなイメージをもつ人もいるかもしれません。しかし、第六章でみたとおり、ジェンダー規範が強くないところでは、女性の労働参加は子どもを産むことを妨げず、子どもがいても女性の活躍の妨げになっていません。先進国全体でみれば、女性の高学歴化、社会進出は少子化の原因ではありません。女性の社会進出をよしと思わない意識こそ、むしろ少子化につながっているのです。出産などで一時的に労働市場から離れていても、いつでも労働市場に復帰して稼ぐことができるなら、子どもをもつハードルが下がることは理解しやすいでしょう」(187)。

[J0477/240709]