DU BOOKS、2018年刊。この本は『社会学文献事典』に載っていてもまったくおかしくない。数十年前、1990年代後半だったか、レトロ・フューチャーとか、バチェラー・パッド・ミュージックといったジャンルがリバイバルしたことがあって、それ以来その流れにあるエレベーター・ミュージックもなんとなく気にかけてきたが、たんにイージーだなんて生やさしいだけのものでもなかった。

まず小ネタでは、パチンコ店といえば軍艦マーチ、となった驚きのきっかけは p. 12を見よ。

さて歴史、「1943年、BBCがその効果のほどに着目し、第二次世界大戦下のイギリス全土に『Music While You Work(労働者のための音楽)』という番組を、800万人の労働者に向けて放送開始する」(p. 33)。日本でも次第にそうした導入が進み、「ときあたかも高度経済成長期。音楽が生産性を向上するというBGMの効能は、センセーショナルに紹介された。『週刊文春』では「現代版ヨイトマケ」と評して紹介され、音楽に疎い経営者なども巻き込んで、契約者を増やしていった」(p.43)。なるほどなあ。ありきたりな言い方をすれば、生産性向上、ひいては搾取の手段として音楽が導入されたと。

「BGMの効能は大きく分けて3つ。工場における従業員の労働意欲を刺激する「生産性向上」。パチンコ店でかかる「軍艦マーチ」のような興奮効果をもたらす「消費促進」。銀行の待合室やホテルのロビーにおけるインテリア的効果を狙った「アメニティ」である」(p.82)。「前述の効果に加えて期待されたのが、音楽によって騒音をマスクするという「消音効果」だった。そもそもエレベーター・ミュージックという言葉も、アメリカでは狭い空間で移動する客同士の緊張関係を緩和するために導入されたことから付けられたと言われている」(p.84)。「アメリカで急激なモータリゼーション化が進んだ50年代も、当時の技術ではエンジンの騒音が悩みの種で、ドライブ時に消音を目的に音楽をかけるスタイルが常態化。カーオーディオが爆発的に普及した。日本でも工場への導入に際し、プレス機になどの騒音のマスキングを期待する経営者が多かったという。また歯医者の待合室でも、グラインダー(ドリル)の音が聞こえることから起こる不安などを取り除く、客の興奮を和らげる手段としてもBGMは活用された」(p. 84)。

「深夜ラジオは長距離トラックの運転手の憩いとして知られているが、ラジオを受信できない遠洋漁業船ではBGMのカートリッジが人気で、演歌、映画音楽などのBGMテープを大量に積んで漁に出るスタイルが定着」(p. 89)。

札幌で起きた「ミュージック・サプライ事件」。有線ラジオの創業当時、レコード店主が営業妨害だと著作権法違反のかどで訴える。しかし結局は訴えは棄却され、有線放送に注目が集まることに(p. 114)。いやあ、知らなかった。「音楽療法士」を育てる「全日本音楽療法連盟」を発足させたのが日野原重明だとかね(p.131)。

この手の本にありがちな、むだに分厚い造りではなくて、情報量に比してスリムにつくってあるのも良い。ぶあつかった同著者の『電子音楽 in JAPAN』、あれはあれで良いけども。「さぁ、自分だけの日常のサウンドトラックを探しに出かけよう!」という帯の売り出し文句は本の内容からはだいぶずれているけれども、こっちはこっちで、直枝政広節だからと思えばむしろ楽しい。

[J0030/200428]