中公文庫、1978年、初版1959年、改訂版、1971年。明治前後から、海外にわたった旅芸人や官民、留学生ら、振り返る人の少ない近代秘史を辿る。好事家にしかできない対象に寄りそった歴史記述、文庫本一冊が一冊に思えない――実際読み通すのに時間がかかったと思う――内容の濃さだ。著者は1898年生まれで江戸っ子だろうか、けして文章は湿っぽくはないが読後感は情感に満ちている。

異国旅芸人始末書
――旅芸人の先駆者たち
――慶応三年のパリ万博
――柳橋芸者の仏京行状記
――明治はじめの足跡
――太神楽海を渡る
――川上音二郎貞奴洋行日誌
――欧州を流浪する烏森芸妓
――英京に巣食う芸人群像
異国遍路死面列伝
――パリ客死第一号
――郷愁の肺癆
――外交官過去帳
――仏跡をめぐる僧侶たち
――モンパルナスに眠る人びと
――陸海軍競死録
――マドロスの悲しみ
――失われたり艦船
――無縁塚供養
――捨て石の拓士
――雑死切張帳
――志士間諜行
――骨寺の地下堂

あえて白眉を選ぶなら、まずは「川上音二郎貞奴洋行日誌」。あるいは「仏跡をめぐる僧侶たち」。後半になるにつれて客死した人たちがテーマになってゆき、遠い外国でときにあっけなく、ときに人知れず死んでいった人たちの跡をたどって、この仕事自体がほかにはない弔いだ。外国へ飛び出す彼らのバイタリティの強烈さとの対照の鮮やかさが、美しくもあり無常でもある。川上澄生の版画がカバーの、古い中公文庫で読むのがまた似つかわしい。

[J0051/200605]