中公新書、2018年。しまった、こんな良書を今日まで見逃していたとは。これは安楽死・尊厳死についてもっとも基本的な文献だ。オランダ、ベルギー、スイス、アメリカ、カナダといった各国の状況を紹介するともに、思想史的な考察とあわせて現状に関する分析へと繋げる。

序章 肉体的苦痛の時代―戦後日本の事件と判決
第1章 安楽死合法化による実施―世界初のオランダの試み
第2章 容認した国家と州―医師と本人による実施
第3章 介助自殺を認めた国家と州―医師による手助けとは
第4章 最終段階の医療とは―誰が治療中止を決めるのか
第5章 安楽死と自殺の思想史―人類は自死をどう考えてきたか
終章 健康とは何か、人間とは何か―求められる新しい定義

たとえば、福田雅章の論を取り上げて、現代の安楽死論が、同情による人道論に基づいた議論から、自己決定権を根拠とする安楽死肯定論へと移り変わってきているとする指摘など、まさに今(2020年7月)話題になっている医師によるALS患者の「自殺幇助」事件とぴったり一致する。

理性と自己決定能力だけを絶対視する人間観の狭さ、という問題の指摘も首肯できるものだ。「現代社会は自律と自立が重視され、依存はネガティヴにとらえられる。しかし、依存という面があったからこそ、今日に至るまでの人類文化の発展があった。子どものとくに母への依存は文化の継承の基盤である。さらに、支え合い、助け合いという、人と人の絆の文化を築くことができたのは、人間が「依存的存在」でもあったからだ。ダーウィンは自然淘汰のなかでも、この面を人間の「最も高貴な部分」として注目していた」(215)。

ダーウィンへの言及も、安易な進化論的発想に基づく優生思想をさりげなく牽制して、記述のひとつひとつが著者のていねいな考察に基づいていることの好例になっている。

[J0062/200729]