光文社新書、2019年。著者のことはまったく知らなかったが、たまたま手にとったらロマの話が書いてあるようだったので、買ってみたという一冊。基本は旅行体験記だからもちろん学術的だとか代表性どうのとはいえないのは当然だが、「なぜ人は人を殺すんだろう」という他者理解の問題を追究していて、想像外にたんなるエッセイ以上の内容だった。

第1章 人殺しの頭の中
第2章 命に値段はつけられる
第3章 スラムという現実
第4章 裏社会の掟
第5章 本当は危ないセックス
第6章 世界は麻薬でまわっている
第7章 なくならない非合法ビジネス
第8章 自分探しと自己実現の果て
最終章 危ない思想は毒か薬か

そう、それできっと本当にそうなんだろうなとおもうのは、この本が描いている、いわゆる「悪事」を働く動機の凡庸さ。たとえば起こしてしまった交通事故の保障の面倒くささや、さらには単なるお金の欲しさ――ただしそれは依頼を受けた第三者だからこそ、と著者は的確に指摘する――から犯す殺人。「まずは、詐欺やスリなどの個人的な犯罪活動をしている人たちの頭の中身だ。これは、「持っているやつからもらうことの罪悪感のなさ」に尽きるだろう」(124)。こうした「悪事」の動機の凡庸さと裏腹にある、スラム街の意外な平和に触れてもいる。

最後のところ、悪意の根幹とは。「あくまで私なりの結論だが、相手を「甘い」と思って「ナメる」ことである。これこそが、人類の持つ感情のなかで最悪に恐ろしい危険思想だと思っている」(171)。「相手に対する敬意のなさ」(171)。こうして、いともたやすく行われるえげつない行為という、荒木飛呂彦(先生が描いたところの)的状況になるのだと。

もうこれは社会学じゃないのという洞察もある。世界の裏社会にありがちなルールとして、縄張りの遵守、ボスへの忠誠=裏切りの禁止、アンチ警察という三点を挙げていて、なるほど。しかも、アンチ警察というルールに関して、「警察との力関係は裏社会の発展段階によって変化する」という(65)。民主主義の資本主義経済の国では、裏社会の成長が起き、警察との結びつきが強くなる。しかしやがて政府の力が強くなると、今の日本のように、裏社会が一斉に取り締まられる。他方、独裁国家や軍事国家では、警察や軍の力が強すぎて、裏社会的な組織は脆弱になりアンダーグラウンドなブローカー的な連中が大半になり、ギャングは警察の下働きの扱いになる、と。こんな分析だったら、W.ホワイト的なシカゴ学派とならべてみたくもなる。

[J0063/200729]