河出文庫、2020年。2009年に出版された『観点変更』を文庫化とのこと。この方や「インカーブ」のこと、不勉強にして知らなかったけどこんな取り組みがあったとは。

第一章「一〇〇万人に一人」の、私は何者か
第二章「デザイン」とは何か
第三章「アカデミズム」の呪縛が解ける
第四章 なぜ、アトリエ インカーブは生まれたか
第五章 バイアスを解く
第六章 現代美術の超新星たち
第七章 アトリエ インカーブの展開
第八章「インカーブのようなところ」をつくる
第九章 社会性のある企て

著者の生い立ちから、知的に障害のあるアーティストが集うアトリエの設立、そのさらなる展開と語られていくのだが、この本全体を読みながら感じる時間の流れが、過去から未来に向かう物語式のものというより、フラッシュが断続的に焚かれたような印象であるのは、どういうわけだろう。その場面場面における考えの切り分け方が、截然としているからだろうか。

アール・ブリュットやアウトサイダー・アートの運動と近い領域で動きながら、それらの概念に著者自身が感じる違和感を隠さず、妥協をしない。「デザイナー」というアイデンティティについてもそうで、著者の考え方や言葉自体をどこまで肯定するかどうかは別として、大事な概念をどこまでも自分自身が納得のいく言葉として定義し、定義しなおし、それを行動の原理とする姿勢に学びたい。

著者の目ざすところ、「コンテンポラリー・アートの先にあるもの」は、アール・ブリュットやアウトサイダー・アートのように分かりやすい看板ではまだ表現できていない、あるいは表現すべきようなものではないようだ。たしかにこの本から教えられたのは、「あるのにないものとされてきた」アール・ブリュット的なものを「ある」状況にするには、できあがった作品の扱いや範疇分け以上に、アートを生み出す場所の整備が大事だということ。つまり、障がい者特有のアートというものはなく、またそう考える必要もないが、障がいをもつアーティストにあわせた制作環境は必要だということ。このことは、本書に描かれているインカーブの思想や実践の一部でしかないが、一読者としてそこが発見だった。

もうひとつ印象に残ったのは、作品販売の利益はすべて作者に帰属させることで、はなはだしい給与格差が生まれているという状況の生々しさ。いわばこれは「あえて」のことであるわけで、根本的な平等をめざす営みであるがゆえに生じる格差に、「普通なしあわせ」を確保しようとする著者の戦いの激しさを想像する。

[J0064/200730]