ちくま新書、2020年。がんになった哲学者の思索の記録、ということなのか。最初の方はおもしろく読み進んだが、なんだかどんどん心が離れていってしまった。あとがきによれば、最初は人生論を書こうとしたこともあったが、がんになってからがん療養という旅日記を書くにいたったとのこと。

こういう本が書きたくなる気持ちは分かるような気がして、自分もがんになったらそれこそブログか何かに、この本に似た、だが実際にははるかに拙劣な文章を書きだすかもしれないと思う。そうだとしても、一読(いや半読か一見くらいか)してみて、どうもこの本の立場が、日記なのか、体験記なのか、自己省察なのか、社会に向けて何かを書きのこそうとしているのか、中途半端なところが目についてしょうがない。『一年有半』よろしく、その中途半端さの裏に、病気体験の特権視を感じてしまう。

真に哲学的な問題ならば分かるが、多くの研究が存在する社会の問題を、病気になったからといって自分の経験と感覚(と手許の数冊の本)だけでとうとうと語ることに違和感を感じるのは、僕の発想が社会科学のスタイルに染まってしまっているからかもしれない。もちろん『ボディ・サイレント』流のフィールドワークというわけでもないし。どうせならもっと、ぎゅっとした箴言集みたいにしてもらったほうが素直に受けとれるかも?

[J0065/200730]