小野崎晶裕訳、講談社学術文庫、2013年。英語原著からは朝鮮・中国の章を割愛してあるとのこと。

第一章 サンドウィッチ諸島――神に祝福された島
第二章 ロッキー山脈――開拓者たちとの生活
第三章 日本――奥地紀行の内幕
第四章 マレー半島――熱帯の夢
第五章 牧師の娘――病弱の長女が旅に出るまで
第六章 医師の妻――長く続いた悲しみと不安
第七章 カシミールとチベット――書かれなかった旅行記
第八章 ペルシアとクルディスタン――英少佐の偵察活動に同行
第九章 束縛――晩年も「旅は万能薬」

イザベラ・バード(1831-1904)は不思議な人だ。病気がちで健康のために、当時は気軽に旅行になど行けない場所ばかり、世界中を旅行した中年女性、とはいったい? その理屈がずっと分からなかったが、この本を読んでもやっぱり同じ。ただ、おかしな理屈であっても、たしかに冒険が彼女を元気にしたらしい。

多少見えてきたのは、まず、良家の娘でありながら、ヴィクトリア朝イギリスの中流文化が好きじゃなかったらしいこと。それと、あちこちの記述から、当時のフィランソロピ文化とその世界進出が背景にあることがうかがわれた。牧師を務めた父をはじめ、敬虔なキリスト教徒が多い一家であったらしい。彼女も熱心な慈善家であったらしいが、ストレートに慈善事業に邁進したのではなく、それに関わりつつあくまで旅行として世界各地をめぐっているところで、また彼女という人物の謎は残る。

バードには興味を惹かれざるをえないが、パット・バーによるこの本自体は読みにくかった。伝記なのか、評伝なのか、バードの旅行記のダイジェストなのか、立ち位置があいまいで肝心のバード像がはっきりしない。本全体のテーマというものがないのかな。それでも、邦訳されていない分のバードの旅行の紹介としては、役に立つかもしれない。[J0069/200806]