岩波新書、2018年。著書の名前に見覚えがあったが、『地方の王国』という地方財閥のルポを読んだことがあったと思い出す。財界の話題のほか、三原脩の伝記でも有名なベテラン・ジャーナリスト。

第一章 戦地に赴くということ〔堤清二、中内功〕
第二章 日本軍は兵士の命を軽く扱う〔加藤馨〕
第三章 戦友の死が与えた「生かされている」人生〔塚本幸一ら〕
第四章 終わらない戦争

戦争体験自体を書きたいのか、戦争体験が経営者に与えた影響を書きたいのか、意図としてはたぶん後者なのだろうけども、たんに評伝が並んでいるといった体で議論としては中途半端。とはいえ、個々の記述には迫力がある。戦争中、それぞれが目撃した場面。わずかなタイミングがわけた運命。それぞれが掲げた「たんなる経営」を超えた理念。

戦争では、生涯のトラウマになるような、その一番悲惨な部分が一般庶民や下層の兵士に押しつけられるということもよく分かる。一箇所だけ引用を、これは戦場ではなく引き揚げの話で、ワコールの川口郁雄の体験。
「朝鮮の釜山から復員のため、最後の連絡船に乗った時のことである。最後の船ということもあって、甲板まで立錐の余地がないほど引き揚げる日本人で埋まっていた。途中でスコールにあっても、甲板にいる人間は動くこともできず、ただただ黙って雨に打たれるしかなかった。連絡船が朝鮮と日本の中間の距離にさしかかったとき、突然、将校や兵隊たちが軍刀や拳銃を次々と海に投げ込み始めたのだ。武装していると、占領軍に銃殺されるという噂が流れたためだった。
「そんなシーンを川口が見ていると、次に老婦人がひとり、海に身を投げたのだった。どうしたことかと思っていると、またひとり、老婦人が脱いだ履き物を揃えて海に飛び込んだ。さらに後に続く老婦人を、誰も止めようとしなかった。
「「普通なら、飛び込んだ海面の回りは船は一、二度回るんですよ。飛び込んだ人を助けるために、ね。でもその時は、そのまま船は行ってしまいました。海に飛び込んだのは、日本に帰っても身寄りがいないのでひとりでは生きていけないからとか、おばあさんですからね。本当のところは、本人に聞いてみないと分かりませんが。悲惨なことになったなあと思いました」
「川口は複雑な思いを胸に秘めて、山口県の仙崎に上陸した」(119)

[J0072/200815]