同時代ライブラリー、岩波書店、1998年、原著1993年の増補改訂版。

序・文字の王国
大黒舞
ざわめく本妙寺
門づけ体験
ハーメルンの笛吹き
耳なし芳一考

これはおもしろい。軽妙な筆致の裏にあってめだたないが、かなりの量の調査が下敷きになっていることも覗われる。数多く示されている図版もとおりいっぺんでなく、興味深いものが多い。

レフカダ島、ダブリン、ダラム、シンシナティ、ニューオーリンズ、マルティニーク島と、世界あちこちを周遊して松江、熊本、神戸そして東京に行きついたハーンの足取りそのままに、ハーンが聴き耳を立ててきた音を辿って、「耳なし芳一」に行きつくその様子を描きだす。本書を読むと、ハーンの経験すべてが「耳なし芳一」へと奇跡的に結びついていったような気がしてくる。

その内容は本文に譲るとして、「耳なし芳一」の感覚世界について一点だけメモを。「ハーンがこの話を「耳なし芳一」と題したのは、じつに反語的な命名であった〔原典では「耳きれ芳一」〕。この物語の中で、耳という耳は過敏になることはあっても、役割を放棄することはない」(183)。とくに亡霊の侍が、般若心経の呪いで姿を消した芳一を探す傍ら、目をつむってそのつぶやきをじっと聞かざるをえない芳一の場面。「闇の平等の中で、ふたりは異常に接近しあい、芳一は耳を全開にする。一方、なまじ視覚に依存しているサムライは、それでも目を凝らす。この対比の妙が、この場面の緊張を倍加している」(189)。まさにだ。

[J0135/210212]