角川ONEテーマ21、2020年。疎い分野の、自分の勉強に。あとがきに書いてあるとおり、あえて著者の思想を反映させたというところ、その意図は成功している。自由市場支持者にも幅があるんだなということが、本書から分かった。

第1章 幸福を目指すための経済政策
第2章 成長政策
第3章 安定化政策
第4章 再分配政策

以下、ノート。

経済政策には三本の柱がある。すなわち、成長政策・安定化政策・再分配政策である。成長政策とは潜在GDPを上げることであり、安定化政策とはその実力を発揮させることである。

成長政策について、「政府の旗振りによる成長産業への選別や集中投資は、論理的な不可能性を抱えています」(61)。「本当に儲かるのならば政府に何を言われなくても民間企業は勝手に参入します」(62)。「本来の経済的な成長政策は「指導」とは正反対の話です。成長政策として国がやるべきものの代表として、投資税制の優遇や規制緩和などがあげられます」(63)。そもそも、何が成長分野なのかは、事前には分からないのだと。政府ができることは、ただ産婆的な役割ということ、かな? 著者はここに成長政策の誤解を指摘しているが、政治家側とすれば、自分が経済成長分野の選択についてイニシアティヴを握っていると思わせることは利益であるのも事実だろう。

自由化を促進し、市場競争さえさせておけばOKという考え方には、重要な例外が存在する。その代表的なものに、費用低減産業、外部性、情報の非対称性がある(106)。費用低減産業には、発電のようなインフラ産業が含まれる。そこでは競争による技術の進歩に対する圧力がかからなくなる可能性がある。

経済学における長期・短期という用語は独特の、誤解を生みやすい意味を持っている。経済学における長期とは、需要と供給が一致し、労働力と設備などが無駄なく利用されている理想状態を意味している。

安定した状況が経済成長につながるというニュー・ケインジアン的立場に対して、シュンペーターの発想では周期的な景気の循環が長期的な経済成長を促進すると考える(126)。しかし、資本や労働者が再利用可能な時代とは異なる現在において、景気変動をポジティブに考える後者が成り立つ条件は考えにくくなっている。

増税は選挙においてとくに嫌われる。そのため、民主主義国家では、税金を下げて財政出動を増やす政策が採られやすく、景気の好悪に応じて有効需要を増減させるという政策(フィスカル・ポリシー)の選択が困難になる(149)。つまり、「政治的コストが高い」と言われる。

金融政策は、労働市場、金融市場、資産市場の三つを経由して行われる。中央銀行は、現金の量は直接にコントロールすることができるが、預金の量はそうはできない。預金の量については、民間金融機関を貸し出し行動を刺激したり抑制したりすることによって、間接的に貨幣量をコントロールすることになる。各銀行は、不意な引き出しなどに応じる準備預金を中央銀行に預けるよう法的に規定されているが、その不足を借り入れるときの金利、コールレートをコントロールすることで、中央銀行は一般の銀行の貸し出しをコントロールするのである。ここで、各銀行の動きを制御するために重要なのは、そのときどきのコールレートの高い安いだけでなく、その「将来の見通し」である。という。

「従来の主流派経済学は、人々は合理的で、自分が何をすると満足かも知っているという前提から出発しています。しかし、「自分探し」なんて言葉があるように、やはりこれは必ずしも現実的な仮定ではないでしょう。人々の満足がどのように形成されるかについて、経済学的な理論と現実とのズレを埋める、より慎重な検討を行おうということで生まれたのが行動経済学なのです」(180)。うん、慎重という形容が適しているかはともかく、そうそう。まさにそれが行動経済学だよね。

ベーシックインカムには二つの思想的背景がある(196)。ひとつは人権主義的な発想で、「人間には生存権がある。だから生存に必要な金額は公的に保障されるべき」という考え方を根拠にしている。もうひとつは自由主義的な発想では「保険としてのセーフティネット制度は、複雑になれば複雑になるほど制度の運用が困難になる。だから、できるかぎり簡単なシステムで給付を行うべき」という考えに基づく。「このように、ベーシックインカムに関する主張は、ある意味で真逆の思想的なバックボーンに支えられているのです」(197)。え、このことって、よそでもよく言われていることなんだろうか。めちゃめちゃ重要な指摘だと思う。「やや具体的には人権主義的な発想では月12万円ほどの、自由主義的な発想においては6、7万ほどの額が主張されることが多いように感じます」(197)。うむ。

[J0141/210303]