柳宗悦編、衣笠一省改訂増補、百華園、1960年、改訂版2005年。

一 源左の言行
一 源左の法語
一 源左への思出
一 源左の一生
一 付録・賞状・家系・文献・其の他

編者がなるべく手を加えずに、関わった人からの聞き書き集としてまとめてあるのがありがたい。内容の重複を厭わずに複数の証言を掲載してくれている点も。

字面だけ辿ったら、今ふつうの価値観からしたら卑屈にもみえるだろう。繰り返される「おらより悪い者はない」ということば。柳宗悦の文章「源左の一生」から引けば、「自分こそこの世で最も悪い者だといふ」自覚である。

もちろん、これらの言葉が命をもつのは源左の人格のもとにそれが体現されているからだろうけども、この言行録を読んでいて感じるのは、それと同時に鳥取の風土や、源左を取りかこむ人々もまた、この宗教的生命の源になっているということ。源左を敬う人々や、ときに源左の言葉を必死に求める人々の心の純真さ。いまそれが、どこにあるだろうか。しかし幸い、鳥取という地理について言えば、源左が生きた頃の面影を今も感じとることができる。土地の時代的連続性って、生きた歴史を保つのにぜったいに大事だろうと思う。

「こんつあんは、まんだ、この世の親たあ別れてをらんで、そがに早やにやあ親心はもらへんわいの、そろそろにやわかるわいのう」。「親がなあなつてみりや世間は狭いし、淋しいやら悲しいやらで、おらの心はようにとぼけてしまつてやあ」。父親の死が気づきを得る契機になったことも、そしてそれを遂に得たのが、動物である牛との対話だったことも示唆的だ。親と別れると世間は狭いとな。

信仰の境地の話から離れて、通俗道徳論から言えば、まさに典型という。つねに後生に思いを寄せながら、とにかく仕事にいそしむ。役場が税の滞納に困っていたら、みなが納税をするように助ける。周囲の人間関係と広い天地から世界ができていて、組織や制度としての「社会」というものはない。昭和5年まで生きた源左は、戦争のことをどう捉えたのだろうか。

芹沢銈介(おそらく)による挿画がなんとも美しい。美術書でもない言行録であれば――源左という人物自体の話でもまたなくて――、どうも僕には美しすぎるようだ。[もう一度確かめてみたら、挿画の版画は芹沢でなくて鈴木繁男のようだ。]

[J0173/210710]