Category: Japanese Articles

五来重『四国遍路の寺』

上下巻、角川文庫、2009年。原著は1996年。

もとは講義録、五来センセイの博識とともにお遍路を一緒に巡っている気分になる本。同行二人。著者は、四国遍路はもともと辺路(へじ)であって、空海以前に遡る海の宗教、「海の修験道」であることを強調する。たとえば、岬に火を焚く実践は「龍燈」としてその一環なのだという。

「古代の日本人は、山にいる神よりも、海のかなたの神をより崇めました。神武天皇の神話にも、神武天皇のお兄さんが常世に渡っていったという話が出てきますから、「海洋信仰」が先行しています。つまり、日本にまだ仏教や陰陽道の文化が入らないことからあった民俗宗教としての「海洋宗教」が辺路信仰です」(上 62-63)。

札所はそれぞれ、多くは洞窟からなる奥の院を有しており、著者はただ数を回って朱印を集めるのではなくて、それぞれのお寺の奥の院にまで参拝することを勧めている。

豊富な歴史知識と、実際に現地を踏破した体験とを活かして、最後のところではかなり大胆な説を提示するのが五来重のスタイル。一方、実際の人々の声や、現在における信仰の記述といったものはほとんどなく、「社寺の由緒」を語る伝統を、より学問的に検証・展開したという風情。

とりわけ仏教史に造詣が深い五来。吉野・熊野、高野山、四国遍路と、この人の学問は、「西日本の宗教」のそれだと思う。それはたんに、彼が奉職したのが高野山大学や大谷大学だからだというわけでないと思う。彼の専門分野である、仏教史の変遷と宗教民俗との関連の深さが、西日本に特徴的なことだからではないか。五来重の出身が、意外にも、茨城県ということもその傍証になりそうだ。

[J0530/241103]

松沢裕作『歴史学はこう考える』

ちくま新書、2024年。話題の本ということで、眺めてみた。ちゃんと読んではないです、ということを前提にしたメモの書きつけ。

第一章 歴史家にとって「史料」とは何か
1 根拠としての史料
2 記録を残す
3 記録を使う
4 歴史学と文書館

第二章 史料はどのように読めているか
1 史料の引用と敷衍――史料批判の前に
2 逓信次官照会を読む――「史料があること」が「何かがおこなわれたこと」を示す場合
3 新聞記事を読む――史料に書いてあることをどの程度疑うか
4 御成敗式目を読む――史料の書き手と歴史家の距離

第三章 論文はどのように組み立てられているか(1)―― 政治史の論文の例
1 歴史学の論文と歴史研究の諸分野
2 政治史の叙述――高橋秀直「征韓論政変の政治過程」
3 政治史叙述の条件

第四章 論文はどのように組み立てられているか(2)――経済史の論文の例
1 マルクス主義的経済史
2 経済史の叙述――石井寛治「座繰製糸業の発展過程」

第五章 論文はどのように組み立てられているか(3) ―― 社会史の論文の例
1 社会史のなかの運動史
2 社会史の叙述―― 鶴巻孝雄「民衆運動の社会的願望」

第六章 上からの近代・下からの近代 ―― 「歴史についての考え方」の一例
1 歴史についての考え方と時代区分
2 「近代」、このやっかいなもの
3  歴史研究との向き合い方

Xなどで、「類書のない本」ということで絶賛されている模様。たしかにこういう本は見あたらないし、あると良い本だし、どんどん売れて読まれるといいと思う。ただ、個人的には、夢中になって読むというかんじでもない。

一方では人文社会科学の世界にも襲ってきている自然科学主義の台頭があり、他方ではSNS上の歴史修正主義のような短絡的言説の横行があるなかで、どちらでもない歴史学の方法とその意義をしっかり説明していこうという、本書のそういう方向性にはたいへん共感。

たとえば、次のような丁寧な説明。「史料批判という作業は、「書いてあること」→「それが実際にあったことと合致しているか」という二段階でおこなわれるわけではなく、あらゆる史料で「ここにこう書いてある」ことを確認しながら、「ここにこう書いてあるということから、どこまでのことが言えるのか」について、レベル分けをしながらおこなわれるものです」(290)。

ざっと眺めたかぎりでこれも盛り込んでほしかったと思うのは(もし見落としてたらごめんなさい! もし指摘してもらえたらありがたい)、歴史学を含むある種の人文社会科学は、そもそもそれに関する入手可能なデータがかぎられている「現実」を扱うものだという点について。そこにこそ、データ至上主義の自然科学主義とは異なる方法や発想が必要になる理由があるというのが、僕の考え。この点、ヴィンデルバントの法則定立的学問と個性記述的学問の区別は、利用可能なデータの量の観点から読み替えた方がより適切な説明になるのでは、と考えている。

本書の着想に、エスノメソドロジーがヒントになっているというのもとてもおもしろく刺激的なのだが、ここでも同様のことが気にかかる。本書が歴史学にエスノメソドロジーの発想を援用するのは、「過去の人びとの方法」と「歴史学者の方法」という二重の水準においてである(「おわりに」)。ただ、エスノメソドロジーは、マクロで生き生きした(つまり、相互作用の現場に関する)データが豊富に利用可能なことを前提にしているとおもうが、「過去の人びとの方法」に関してはそれは不可能である。ここで、歴史学がデータにおいて劣っており、成立困難な学問であると言いたいわけではない。むしろ、データが原理的に限られている領域において、それを前提に説得力ある解釈をつくりあげる独特の技法や工夫に、歴史学の方法の意義が求められるべきではないかというのが、ど素人の僕なりの考えだ。

かなり穿った見方をすれば、本書であげられている「社会史」の方法の例が、心性史・感性史のものというより、民衆運動史のものである点も、上記の論点が取り上げられていないことと並行しているかもしれない。

以上、ざっと眺めた際のメモ。また機会があったときにちゃんと読みます。

そういえば、同著者・松沢裕作『町村合併から生まれた日本近代』(講談社選書メチエ)については、過去にこちらの記事のなかで触れたことがある。
> 本ブログ記事「町村合併関連2冊」

[J0529/241101]

近藤絢子『就職氷河期世代』

副題「データで読み解く所得・家族形成・格差」、中公新書、2024年。

今の話題の本を、眺めてみる。データの読み方など、検証しながら読んではいないので、まずは結果を鵜呑みで。データに基づいた本なので、いずれにしても、今後氷河期世代を論じるときには参照されることになるはず。

序章 就職氷河期世代とは
第1章 労働市場における立ち位置
第2章 氷河期世代の家族形成
第3章 女性の働き方はどう変わったか
第4章 世代内格差や無業者は増加したのか
第5章 地域による影響の違いと地域間移動
終章 セーフティネット拡充と雇用政策の必要性

本書では、1993~1998年卒を「氷河期前期世代」、1999~2004年卒を「氷河期後期世代」と定義している。高卒・大卒の含むのかな。とすると、2024年現在、高卒なら1974~1985生まれで、50歳から39歳。大卒なら1970~1981年生まれで、54歳から43歳ということになるのかな。

本書によれば、就職状況がより悪かったのは「後期」で、しかもその後の世代でもあまり改善しなかったらしい。「氷河期前期世代はそれ以前の売り手市場との激しい落差を経験した世代、氷河期後期世代は雇用の水準そのものがどん底だった世代だ」(9)。ところが2005年卒でもさほど改善されておらず、「本当は06年卒くらいまで就職氷河期世代に含めるべきなのかもしれない」とのこと(10)。

また、たんに就職率だけでなく、その内容にも配慮する必要がある。それは、たんに就職先によって収入の差があるというだけでなく、不本意な就職が多ければ、その後の離職率もまた高くなるからだ。

氷河期世代の就職難が出生率の低下を生んだという見方については、本書はこれをしりぞけていて、氷河期後期世代はむしろ、団塊ジュニア世代よりも40歳までに産む子どもの数は多かったという。少子化の傾向については、就職氷河期の到来といった要因だけでなく、もっと広い視野から捉えなおさねばならないということ。

「就職氷河期世代、特に後期世代が、すぐ上のバブル世代に比べて、卒業後長期にわたって雇用が不安定で年収が低いことは、従来から繰り返し指摘されてきた。これに加えて、氷河期世代より下の世代も、景気回復期とされる2000年代後半に卒業した世代も含めて、雇用が不安定で年収が低いままであることもわかった。90年代からの不景気は、単なる景気循環を超えて、労働市場に構造的な変化をもたらした可能性が高い」(154)。

また、本書が最初に指摘したわけではないと著者もことわりを入れているが、年金制度の「逆進性」がこの世代にとってとくに問題だという話、「ほんそれ」というやつ。「雇用保険をはじめとする社会保険方式のセーフティネットは、過去に保険料を拠出していなければ給付を受けることができず、若年期からずっと雇用が不安定な者にとっての救済策にはなりえない」(162)。

国民年金に関しても、この世代にとってそれを納めることがどれだけたいへんだったか、たいへんか。だから気づくのが遅いのだが、冷静に考えるとやはり腹は立ってくる。この点、参照されているのは酒井正『日本のセーフティネット格差』という本。

あと、本筋とは関係ない話。最近は他の新書でも感じたことがあるが、紙面の上下のブランクが広く、一瞬あれっておもうほど、紙面がスカスカにみえる。屋外の自然光のしたで開くと、とくに。1ページ42字×15行みたいだけど。

[J0528/241030]