Month: September 2020

西和夫『江戸建築と本途帳』

1974年、鹿島研究所出版会。黒い表紙のSD選書、それでこの「和」なタイトル、つい気になって手に取って眺めたが、期待に違わぬ楽しい内容。江戸の建築の話をするのに、相対死のエピソードからはじまる時点でもうおもしろいではないか。

I 江戸幕府の棟梁たち
II 本途と本途帳
 1 東照宮・鯛・障壁画
 2 江戸城再建と本途
 3 本途帳を訊ねて
III 本途の世界
 1 江戸城建物のランク付け
 2 京都御所の障壁画
IV 積算技術進展と本途の評価

本途帳とは、江戸時代の建築見積もり資料にあたり、当時の職人組織や物価、設計などの実態が分かる。もちろん、こうした本途帳が作られてきた背景そのものも重要な主題である。

読み方の多い本だが、とくに興味を持ったのは、障壁画の具体的な値段の付け方やランクづけ。狩野派は、建築組織に組み込まれていったがゆえに、芸術としての精彩を欠いていってしまったのだという。たしかに、家格や位、それから類型化された意匠ごとに細かく設定された報酬システムを眺めていると、さもあらんと納得させられる。それから、江戸時代のことではないけど、中世の仏師から競争見積がはじまったといった話なども。

[J0085/200908]

奥山倫明『制度としての宗教』

晃洋書房、2018年。

第I部 近代日本と「宗教」の位置
第1章 制度としての「宗教」
第2章 「政教分離」を再考する
第3章 宗教・教化・教育

第II部 制度のなかの神社と神道
第4章 「国家神道」をめぐる近年の議論
第5章 皇室祭祀と国家の聖地
第6章 神社行政と宗教行政
第7章 近代創建神社とその周辺

第III部 戦後の状況へ
第8章 岸本英夫の昭和20年
第9章 占領期までのキリスト教

各主題について従来の議論をまとめている。第四章、国家神道について、村上重良、井上寛司、畔上直樹、島薗進。第七章、近代創建神社、別格官幣社について、岡田米夫。生祠について、加藤玄智。第九章「占領期までのキリスト教」では、マッカーサーとキリスト教の関係を取り上げる。

[J0084/200908]

川島秀一『安さんのカツオ漁』

冨山房インターナショナル、2015年。著者には、漁関係にかぎっても『漁撈伝承』『カツオ漁』『追込漁』といった仕事がある。前半は「一人の船頭の半生から見た、カツオ一本釣り漁の書」で、後半は日本全国(さらにはソロモン)におよぶ著者の旅日記でもある。

Ⅰ 久礼への旅
Ⅱ 絵馬に描かれたカツオ漁
Ⅲ 安さんのカツオ漁―昭和のカツオ漁民俗誌
Ⅳ 「餌買日記」に描かれたカツオ漁
Ⅴ 震災年のカツオ漁
Ⅵ カツオ漁の風土と災害
Ⅶ カツオ漁の旅

柳田自身は『海上の海』の世界へ辿りついていたが、民俗学は稲作中心で進んできたとはよく言われること。やはりこの書で描かれている海を介した世界の広がりは、内陸からみる風景とは異なっている。

もうひとつは時代のこと。民俗学は死につつあると言われて久しく、ニューウェーブ民俗学といった花火が打ち上げられたりなどしてきたけど、これだけのフィールドワークがなお可能だということを本書は示している。花火を打ち上げる人に比べて、こちら側の人たちは黙々と仕事をするから目だたないのだけれども。

ここでたどっている形態のカツオ漁自体、時代で言えばそう「伝統的」なものではない。ところが、そこにまさに民俗的なものが流れこんでくるところがおもしろい。祈り、供養、それから著者のもうひとつの研究主題である、巫女や拝み屋。あるいは若者組や擬制家族のような組織との関係。こういったことを著者は、さりげなく、しかししっかりと書き記していく。

[J0083/200907]