Month: August 2021

山口博之『山寺立石寺』

吉川弘文館、2021年。

霊場寺院の中世―プロローグ
霊場を知る
霊場を定める
霊場に参り納める
霊場復興
今を生きる寺―エピローグ

なるほど。ある研究課題を追究した研究書というよりは、山寺に関する歴史的研究の情報を広く集めて紹介した本といった風(歴史文化ライブラリーだし)。東北を代表する霊場のひとつ、立石寺の歴史の深さをうかがうことはできる。まず入定窟の調査についてはかなり紙幅を割いていて、そのほか目に付いたトピックを挙げると、円仁を助けたという狩人、磐司磐三郎の伝承であったり、比叡山との不滅の法灯のやりとりであったり、一相坊円海と鳥居忠政との確執であったり。近世で話が終わっていることもあって、民俗寄りの記述はあまりなく、ムカサリ絵馬の話なども言及されていない。

山寺については、出羽三山などとは異なり、奥まった山の中にあるというよりも、開けた小盆地を前に切り立った場所にあることが印象深い。聖地として栄えた結果として因果が逆という面があるにしても、パノラマ的な配置になっていて、同じ霊場では長谷寺など連想させる。

[J0183/210804]

宮島利光『チキサニの大地』

日本基督教団出版局、1994年。

第1章 自由の天地
第2章 信仰と文化の周辺
第3章 アイヌ社会の構造
第4章 南の侵入者たち
第5章 シャクシャインの独立戦争
第6章 強制連行と奴隷労働
第7章 襲いくる「開拓」の嵐
第8章 「旧土人保護法」
第9章 三つの強制移住事件
第10章 抑圧と差別に抗して
第11章 いま、民族復権への闘い
第12章 私の出会いから

筆者は職業的な歴史学者ではないが、先行研究を利用しながら描くアイヌ民族の通史。逆に読みやすいという面もある。キリスト者という背景があるのと、アイヌ寄りの立場からの記述であることは明らかだが、抑圧を受けてきたマイノリティの記述に「中立」があるわけでもなく、また望ましいわけでもないだろう。

こうしてみると、アイヌの歴史は悲惨で過酷な収奪の歴史である。美しく大地に根ざして生きる人々とその文化もまたアイヌの真実なら、シャモによる抑圧や差別と、それを内在化し鬱屈した人々もまたそうである。アイヌをめぐる状況は、ここ数年で大きく転換した。まだウポポイを訪ねてはいないが、アイヌの文化と歴史のポジティブな面だけが強調される風潮には非常に違和感を感じる(それはウポポイの前身のこぎれいな博物館のときにはすでにそうだった)。「ウポポイ以前」におけるアイヌ文化の存在――わかりやすく言えば、通俗的な意味における、「昭和」の――にはなにか薄暗さ、陰鬱さがあって、それは抑圧の歴史が生々しく尾を引き、少なくとも部分的には消え去ってはいなかったからだろう。本書には、行政が言うところの「北海道100年」とされた1968年、静内のシャクシャイン像が作られたさいには、その台座に町村金吾の名が刻まれたことに強い抵抗の声があり、それを削り取って逮捕された人たちがいたことが記されている。「ウポポイ」にはそうした頑強な抵抗があったろうか。21世紀にそうした強い抵抗がなかったとして、それは本当にアイヌ民族への理解が深まった証なのだろうか。

これとは別の話、1994年出版の本書には、べてるの家に関するエピソードが出てきて、向谷地さんも登場している。そういえば、べてるの家の本は何冊か読んできたが、アイヌとの関係について書いたり論じたものは見たことがない。もしかするとこれって、べてるの「技法」を考える上でも、重要なポイントなのではないか。少し気にしておきたい。

[J0182/210803]

森元斎『国道3号線』

共和国、2020年。

第1章 新政府か反動か、あるいは…西南戦争・山鹿コミューン・アジアの革命
第2章 水俣病と悶え
第3章 炭鉱と村
第4章 米騒動

「国道3号線」というラインに掲げて、九州の民衆史を辿ろうという試みは魅力的だ。抵抗の民衆史としてアクチュアルな主題でもある。

しかし、軽い。取りあげている人物や事件は、たしかにひとつひとつ意味の深いものなのだが、対象が重いだけに記述の軽さがいっそう際立つ。たとえば、石牟礼道子の悶えを取りあげても、結局のところ著者自身はその悶えを共有してはいない。あるいは、やすやすと共有していると思っているところで共有していない。かといって、その分だけ、学者としての立場を徹底しきるというわけでもない。「民衆史を掘り下げる」と言っているが、資料・調査の面か、あるいは分析・思考の面か、いずれかで執念深く掘りさげる深度がほしい。

良心的ではあるのかもしれないけど、石牟礼道子の世界によりは、『苦界浄土』に描かれていた、どやどやと水俣に押しかけた医学者や運動家たちに近い。10年20年をかけても、次作ではこの印象を裏切ってもらいたい。

[J0181/210731]