Month: June 2022

石井研士『日本人の一年と一生』

副題「変わりゆく日本人の心性」、春秋社、2020年。2005年に出版されたものの改訂新版。

第1章 年中行事
 正月:「めでたさ」の現在
 節分:「鬼は外」の声は響かず
 バレンタインデーとホワイトデー:日本人が作ったキリスト教行事
 雛祭りと端午の節句:聖性のゆくえ
 母の日と父の日:核家族化の中で
 七夕:短冊に願いを込めて
 お盆:ご先祖様のゆくえ
 ハロウィン:ハロウィンは定着するか
 クリスマス:日本人のキリスト教度
第2章 通過儀礼
 出産と誕生日:幸せにつつまれて魂は付着したのか
 七五三:家族の記念日
 成人式:私たちはいつ大人になれるのか
 二分の一成人式・立志式:子どもと大人のあいだで
 結婚式:私たちの幸せの形
 厄年と年祝い:延びる寿命とライフシフト
 変容する死の儀礼:「死にがい」を取り戻すことはできるのか
最終章 現代日本の儀礼文化再考

現代日本の年中行事の現実を、奇をてらうことなく記述しているところで実は意外と類書が見あたらない良書。それは著者が、民俗学ではなく、宗教学・宗教社会学という立場からこれら主題に当たっているからだろう。民俗学の苦境が叫ばれてから長く、「実はこんなところに隠れている民俗的心性」みたいな論考ばかりが多いところで(それはそれでおもしろいけども)、もっと率直に現実を捉えるアプローチ。著者自身も、クリスマスの項でこのように述べている。「管見の及ぶ範囲では、〔民俗学では〕近年の研究成果にもクリスマスへの言及は見られないのである。クリスマスは民俗学において無視されている、というよりは、民俗学が年中行事の中にクリスマスを取り込めない、といった方が正確であると思われるのである」(107-108)。

「戦後、伝統的な通過儀礼は、年中行事と同様に、しだいに消失していった。儀礼は地域社会から離脱し、「家」ではない「家族」を母体とした儀礼へと変容していく。儀礼を支える母体の変化は、儀礼自体の意味の変容を示すものである。伝統的な通過儀礼は、表面上の形態を変えていく変化ではなく、その意味自体を変容させたのである。」(139-140)

じゅうぶんに読みやすい本であるが、この本の内容をさらに分かりやすくしたテキストブックに、石井研士『現代日本人の一生』(弘文堂、2022年)がある。

[J0273/220618]

黒木登志夫『変異ウイルスとの闘い』

副題「コロナ治療薬とワクチン」、中公新書、2022年。

第1章 パンデミックは続く、変異も続く
第2章 ワクチンの基礎知識
第3章 ワクチン開発物語
第4章 ワクチンをめぐる「困った問題」
第5章 日本のワクチンはなぜ遅れたのか
第6章 治療薬への期待
第7章 医療逼迫はなぜ起こったか
終章 コロナ禍の終わりに向けて

日本では2020年の春から本格化した、ここまでの新型コロナウイルス(CoV-2)との戦いを総括する一冊。なんだかんだ、このスピードでワクチンを開発して、普及させることができたのは科学の成果であると。たしかにジェンナー以来の医療史・医学史を広く眺めれば、おのずとそうした感想は湧いてくる。

このパンデミックに、「未曾有の事態」と危機を煽るような発言であったり、陰謀論が跋扈して、何が真実であるかという感覚自体に揺らぎを感じさせる言説が横行するなかにあって、1936年生まれの著者のセンスには、古くさくも、なにか安心感を与えてくれる「健康さ」がある。SNS以前の感覚、それも大事だなと。

[J0272/220613]

東海友和『イオンを創った女―小嶋千鶴子』

プレジデント社、2018年。

第1章 小嶋千鶴子を形成したもの―その生い立ちと試練
第2章 善く生きるということ―小嶋千鶴子の人生哲学
第3章 トップと幹部に求め続けたもの―小嶋千鶴子の経営哲学
第4章 人が組織をつくる―小嶋千鶴子の人事哲学
第5章 自立・自律して生きるための処方箋
終章 いま、なぜ「小嶋千鶴子」なのか?

今年先月、2022年5月20日に106歳で亡くなられた小嶋千鶴子は、弟の岡田卓也とともにジャスコ、イオングループを創業した経営者。1916年二、四日市の老舗呉服店に生まれ、23歳からその岡田屋呉服店の代表取締役に就任。アメリカのショッピングセンターに学びながら、1969年に、兵庫のフタギや大阪のシロとの合併を進めるなかで、ジャスコを設立した。ウィキペディアでは、パートタイム制の導入と説明されているが、この本では、1972年に「ニューホリデイシステム」というフレックスタイム制を導入したとある。

小嶋千鶴子の歩みが描かれているのは第1章だけで、あとはその経営哲学を示したお言葉の説明が続く。近現代日本におけるショッピングセンターの設立という意味でも、あるいはこの時代における女性経営者の活躍という意味でもとても興味ぶかい人物なので、より詳しい評伝の登場が望まれる。

[J0271/220611]